第三章 秘密結社最高首脳と会う
この記念すべき晩が過ぎてから、伯父は幾つかの秘密と何ともスリリングな文書について学ばせるために、私を招いた。
このメモが出版されることはないが、慎重を期して、文書には触れまい。
同じ週に、各国の役に立つ住所と電話番号を手に入れた。どの情報源も、戦争が近々勃発することを告げていた。
私は、ヨーロッパを離れたいという気持ちに急き立てられた。自分が死んでも、徴兵されて仕事が遅れただけでも、人類の福祉は危機に立たされるからだ。
伯父は、国際政治について話し合うため、私を事務所にこさせたが、私はこの分野にあまり関心を持てなかった。
伯父はこの点で私を責め、無神論は政治の一部に過ぎないのだと話した。私は、心の中では無神論が一番重要だと考えていた。
私の心を読んでか、伯父はこう言った。
「無神論が何より大事だというおまえの考えは正しいが、それでも、この問題をよく知っておかなくてはならないのだ。」
私はいやいや同意しながら、こう付け加えた。
「これからの戦いに出す全般的な指令について、私は特別な案を考えているのです。」
このときに、伯父の顔に満足の色が広がった。私は、やや反抗的態度で、伯父の顔を見た。
「話してみろ。但し、簡潔にな」と伯父は言った。
「宗教的情熱に対して戦いを挑むより、ユートピア的な方向でそれを煽る必要があると思います」
彼は黙って聞いていた。私の考えを消化しようとしているようだ。
「いいだろう。例を述べてみろ。」
私が手にしていたのは、長期計画である。その瞬間に、自分が全世界を手中に入れているような感覚を覚えた。
私は、静かに説明した。
「すべての宗教を統合する普遍的宗教を、何としても樹立するよう、指導者、特に教会指導者を動かすのです。この案を成功に導くためには、われわれは宗教者、特にローマ・カトリック信徒に、彼らが生きている振りをしている独特な真理について、罪悪感を懐かせなければなりません。」
「次の案も理想論ではあるまいな。」
「いいえ、とんでもない」と私はきっぱり言った。
私は十四歳までは、正真正銘の、非常に熱心なカトリック信徒だったのだ。プロテスタント、イスラム教徒、ユダヤ教徒の中にも、聖なる宗教者がいることを彼らに示すのは、かなり容易であると信じている。
「それは認めるとして」と彼は言った。「だが、他宗教はどんな感情を懐くだろう。」
「色々でしょう」と私。「これについてはもっと自分でも調べなければなりません。しかし、一番重要なのは、カトリック教会を、徹底的に叩くことです。この教会が一番危険です」
「それで、おまえがすべての教会に運営させたいと考えている、その普遍的宗教とは、どのようなものなのだ。」
「非常に単純なものです。単純でなければなりません。誰もがそこに入れるようにするため、時に応じて、“創造主” とか “善” とか、神の観念を曖昧にします。この神は、災難時にしか役立ないようになるでしょう。それで、各聖堂は、先祖の恐怖心で充満するようになるでしょうが、他のときには、もぬけの殻になるでしょう。」
伯父は、しばらく考えてから、おもむろに言った。
「カトリックの司祭たちは、危険性にすぐに気付いて、おまえの計画に敵対すると思うが。」
私は鋭く答えた。
「もう起こっていることなのです。この考えは、非カトリックの指導者たちが立ち上げているのです。カトリック教会は、いつもこういう計画には門を閉ざしてきました。だからこそ、私は、その考えを変えさせる方法を探ろうとしているのです。簡単ではないことはわかっています。二〇年、あるいは五〇年を要するかもしれませんが、最後には成功するでしょう。」
「どんな手段を使おうというのだ。」
「多くの巧妙な手段に訴えます。カトリック教会を、ボールに例えましょう。それを壊すには、小さな穴を幾つか開けるだけでいい。そうすれば、最初の形とは似ても似つかぬものになるのです。辛抱強くする必要があります。多くの考えがあります。一見すると、子供っぽい案のように見えるかもしれませんが、こうした小細工がみな、非常に有効な見えざる武器となるのです。」
「ならば、具体的なプランを聞くとしようか。」
私は、ゆっくりと書類に手を延ばすと、自分の計画書の詰まった封筒をつかみ出した。私は、この文書を彼のデスクの上に広げた。伯父はそれをすぐに読み出したが、こんな展開になるとは思いもしなかった。私に大きな期待をかけている証拠と見た。
かなり時間をかけて資料を読み終えると、伯父は、私を見て言った。
「委員会で審議させることにしよう。八日後のこの時間にここに来なさい。答が出ているだろう。その間、おまえはポーランドに出発する準備をするのだ。これを受け取れ。」
そう言うと、彼は私に厚い封筒を手渡した。自分が持ったことのないほどの紙幣が、中に詰まっていた。
私は映画館に通い、沢山の本を購入した。それをどう送るべきか分からなかったが、伯父がすべてを手配してくれると思った。八日間、ろくに眠ることもできないほど、精神は高ぶった。
彼女を作るべきだろうかとの思いが湧いてきた。これは、初めての感覚だったが、自分の精神が興奮するのを思って、これは無価値なことだと考えた。こんな低俗な動物的行動は、目下、最高首脳が検討を進めている自分の計画に、不運を招くに過ぎないと感じた。
多くのランクを飛び越し、自分以前にいた一〇二四人を超えることが、何より大切なのだ。
ある晩、自分の脳細胞がいい影響を受けるかどうかを確かめようと、私は酒を試してみた。だが、好ましい影響は何もなかったので、酒は宗教よりも有害だと確信できた。
ついに、伯父の事務所に戻る日が来たとき、心臓の鼓動がいつもより速まっていたが、不快には思わなかった。誰にも気付かれなければそれでいい。
伯父は私をじっと見てから、薄ら笑いを浮かべて、「チーフ(長官)がおまえに合いたがっている」とだけ述べた。そのような高官が文句をいうためにわざわざやってくるとは思えないので、私は動じなかったが、この有名な「チーフ」の姿には、戦慄を覚えた。
戦慄という語は正しい。三〇年後の今も、彼の姿を思い出し、存在を感じると目をつぶりたくなる。彼はそれほどの存在感を持っていた。
彼の前では、全員が操り人形に見えた。私はその感覚を今でも嫌悪する。
彼の存在感は怪物のそれだった。残虐、暴力、サディズム、策略、野蛮が、一人の人間に結晶したような存在だ。
拷問を楽しむために牢獄に行くような男に違いないと思った。だが、私は残虐さは大嫌いだ。そのようなものは、弱さの現れであると考えている。
どんな弱さも嫌悪していたので、残酷さの塊のような存在の前で卑屈にしている伯父に、私は我慢がならなかった。
この人物は、私の目をじっと見据えることから始めた。何を見ているのだろう。私には見るものなど何もない。
それから、チーフは、私が一番望んでいることは何か、と聞いてきた。「党の勝利」と言うのは簡単だったが、真実は心の奥に秘めていた。
それから、彼は、吐き捨てるように言った。
「今からおまえをわれわれの秘密工作員とする。毎週、指令を受け取れ。おまえの熱心さに期待する。すべての宗教を中から潰すには、いかにも長い年月がかかるだろう。だが、おまえの出す指令は、特にジャーナリスト、作家、神学者の中に叩き込んでおかねばならない。我々には、全世界の宗教書に目を光らせ、指令の効き目具合を報告してくる特殊チームがある。だから、最善を尽くして喜ばせろ。大いに期待しているぞ。おまえはすべてを独力で理解したようだからな。」
チーフは、間抜けではない。彼は、私の仕事ぶりを耳にするようになるだろう。それは確信できる。
私はまた、未来における自分の成功を疑うクリスチャンの弱さを熟知していた。
「慈悲」という名の弱さだ。この言葉を聞くたびに、どんな種類の罪責感でも植え付けることができる。罪責感は常に抵抗力を弱める。医学的、数学的な抵抗力だ。たとえ、二つが両立するものではなくとも、私はこの二つと繋がっている。
私は、誇りをもってチーフに別れを告げ、淡々と礼を言った。自分が圧力をかけられたとは思わせたくなかった。
ふたたび、伯父と二人だけになった。このあまりに有名なチーフについては、意見を指し挟むことは控えた。
むしろ、この人物が極めて不愉快な人間だったことを嬉しく思った。おかげで、世界の大物に対する恐怖心が消え失せたからである。
そして、いつも通りの結論に落ち着いた。世界でもっとも偉大な男は自分なのだ!
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