第九章 初めての恋
私は、真実に直面しなければならなかった。生まれて初めて恋をしたのだ。知性で本能を抑えられない哀れな奴と同じく、恋をしてしまったのだ。
だが薬が一つだけあった。いつも通り、防衛に全力を尽くし、プロレタリアート精神を貫くことだ。
当時、私は聖書対話という大掛りなキャンペーンを立ち上げていた。それは、四世紀にわたってプロテスタントが実施してきた自由な聖書解釈を強調して、カトリック信徒に神の言葉を根気強く読ませるという計画である。
このような自由によって、真の大人と人生の支配者の多くの世代が生まれたことを私は示した。このような極めて敬虔な手段によって、教皇制の支配を捨てさせ、プロテスタントを新時代の主人にさせるよう、カトリック信徒を動かしていた。
プロテスタントには、優勢な立場をあてがってはいたが、プライドを持たせず、彼らを弱めることを怠らなかった。
弱体化は、数限りないセクトをつくりだすことによって自然発生してくる。この文脈では、カトリックは仲裁者の役割を果たすことはできない。彼らは、自分たちを改革することで精一杯だからだ。
原点に戻って、輝かしい現代化を実現しなければならないと彼らを説き伏せるのは、簡単だった。
あらゆる国語の新聖書訳を、今の文体で提供し直す仕事を遅らせないよう、私はハッパをかけた。私は、生き生きとした競い合いに注目した。
費用の面については何も言わなかったが、この面が教会関係者の監視の目を免れないことに気がついた。
神の言葉の現代化によって、教会の頑固な態度が崩れることが多くなった。それは、ごく自然な方法によって起きてきた。滅多に使われず、理解しづらい言葉が出て来れば、ごく簡単な語に置き換える。
そうすれば、本来の意味が崩れてくるのは当然だ。文句のつけようがあるだろうか。
そればかりか、これら新しい翻訳が、われわれが大きな期待をかけている「聖書対話」に門戸を開いた。
この対話によって、聖職者はそれこそどこにでも派遣されるようになり、平の信徒が一人前に行動する自由を持つようになる。
私は、異宗教間聖書会議さえ提起した。本当の目的はここにあったのだ。コーランなどの東洋の書物を、良く解釈することによって、さらに目標を拡大できる。
「黒髪」を忘れるために、私は幾つか鍵となる問題点を強調することによって、聖書対話の会議をたくさんお膳立てした。
自分の好きな対話の一つが、教皇に関するものだった。自分の本当の邪魔者はこの人物だからだ。
「この人物」と言うときには、彼の称号の元になっている聖書の箇所をも意味している。これらの聖句は、彼らのいう「分裂したクリスチャン」と同じく、私にとっても当惑させるものだ。
「勝つ」(prevail)の語が現代人に理解できなくなっていると考え、これを「できる」(be able)という語に差し替えた男には、本当に感謝している。
彼は、「ハデスの門はけっしてそれに勝つことはない」を「ハデスの門はそれに対してけっして何もできない」と訳し直した(訳注:マタイ福音書十六18)。
これが、特にフランス語圏での聖書対話会議を非常にやり易くしてくれたのだ。
地獄が教会に対して何もできないと主張するこの預言が、完璧に誤っていることは、誰でもすぐに分かるだろう。カトリックのやることにばかり味方する、この神の保護に対する古い信仰が、こうして崩れれば、誰もが安心を覚えるはずだ。
「黒髪」と三度目に出会ってからまもなく、彼女の母国フランスは、ヒットラーの軍勢に侵略され、抵抗さえ諦めたかに見えた。
この時期に、私は誇り高い彼女に上手な手紙を書き、彼女を慰めようとした。
彼女は、郊外を一緒にドライブすることに同意した。彼女には、伯父から借りている車があった。
実際には、彼女は伯父の家に住んでいたのだが、本当の家族はフランスの占領地の真っ只中に住んでいたのだ。彼女は、故国に戻りたがっていた。その非常に人間的な反応に、私はとても嬉しくなった。
私はこのような自尊心が好きだ。このような自尊心は高めたほうがいい。どれほど彼女に仲間になってほしいと思ったことか。
それでも、なるべく信仰の問題と、それから政治の問題には触れないように注意した。
この四度目のデートのときにも、彼女は「不思議のメダイ」を首に下げていた。私たちの間で、それが一つの世界をつくっていた。
恋人用につくられた感じの、しゃれた店でお茶を楽しんでいたときに、あるカップルがこちらに向かって控え目に合図をしてみせた。
私は不安に満たされた。男は私の同級生の弟だったのだ。彼の家に招かれたことがあるので、弟は私を知っているはずだ。
自分が神学生であることを、彼が忘れるだろうか。とてもそんな期待は持てなかった。横にいる娘は「黒髪」の従姉妹だ。
私は気が動転した。「黒髪」もそれに気がついた。彼女は、私が安心して、ごく自然に彼女の家を訪問できるよう、叔父と叔母に紹介しようと申し出た。
「どういう口実で」と聞きたくなった。婚約者としてか。
彼女を是が非でも自分のものにしたいが、結婚する意志は毛頭ないなどと、どうして言えるだろう。私は、プロレタリアートの思想に仕えるために、カトリックの独身主義に入ったのだ。結婚など、とんでもないことだ。
彼女に私の情熱を理解することができれば、どんなに素晴らしいだろう。だが、私はこの問題を彼女に打ち明けようとは思わなかった。
彼女の家には行っても構わない。彼女が曖昧な立場を受け入れてくれれば、それで十分なのだ。
だが、彼女は、家族に紹介するという提案に私が乗り気ではないことを知り、感情を害した。最初の喧嘩だったわけではない。それは最初の深刻な誤解だった。
私はアパートを借りる金さえなかった。こんな迷い事に、党は一文たりともカネを出しはしない。それはブルジョワに寝返ることだからだ。
その日、私たちはほとんど別離寸前になった。何か未知の力が二人に立ち向かい、生まれたばかりの愛を引き裂こうとしているかのような感覚を、お互いが感じ取った。
気持ちを確かめるために、話を交わす必要はない。
他の娘と同じように、彼女は、ただ結婚願望に動かされているに過ぎないのだろうかとも考えた。むろん、それは正常な感覚だ。それをもって彼女を責めることはできないが、この場合、破滅は目に見えている。
それで、私は再会を期待せずに、冷たさを装って彼女に別れを告げた。彼女は軽く肩をすくめて応え、ゆっくりと歩き去った。
私は、重たすぎる髪と、沈んだ思いの下で傾く彼女の白い首を見つめながら、石のように立っていた。身動きしないで立っていると、彼女は振り返ってこちらを見た。
二人の間は十メートルほどだ。それから、驚くべきことが起こった。彼女が戻ってきたのだ。ゆっくりと、私の目を見つめながら、こちらに歩いてくる。私の元に帰ってきたのだ。
間近に来ると、彼女はゆっくりと両手を私の肩の上に載せた。彼女は私を見つめ続け、私も身動き一つしなかった。それから、彼女は唇で私の唇に触れた。
自分にとって、これが初めてのキスの経験だった。
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