2006.05.12

司教代理から返事

この世にはどうしてこう正義がすっきりと存在しないのだろうか。嫌になる。
今日、教区司教の代理という形で、司教座聖堂の事務局長である神父様から返事が来た。私は司教様に差し上げた手紙の中で論旨をかなりはっきりと端的に書いたつもりだが、それに対して彼は教会が始まって以来の典礼の変遷をざっくりと概論的に紙一枚に書いてきた。会話になっていない。
来週、司教様と面会することになると思うが、論点のはっきりしない話を聞くのはもううんざりだ。これほどはっきりした問題をあーだこーだこねくり回さないで下さい。スパッと行きましょうよ、頼むから。
司教様は『カトリック新教会法典』の翻訳に深く関わった人である。なんたって「まえがき」を書いた人なんだから。
その人に教会法第331条を指し示して話さなければならないという悲劇である。
新教会法典
第331条 ローマの教会の司教は、司教団のかしらであり、キリストの代理者、かつこの地上における普遍教会の牧者である。このローマの教会の司教は、主が第一の使徒であるペトロに特別に委任し、かつその後継者が継承すべきものとして存続する任務を有している。したがって教皇は、その任務からして教会の最高、十全、直接かつ普遍の通常権を有し、常にこれを自由に行使することができる。
そして『指針 あがないの秘跡』はその「教皇」の意を受けたものである。
指針 あがないの秘跡
第91項 聖体を配るにあたっては「聖務者は、適切に秘跡を求めるものに対し、そのものがふさわしく準備しており、かつ教会法上秘跡の拝領を禁じられているものでないならば、それを拒んではならない」ということを記憶しておくべきです(177)。ですから、洗礼を受けていて、教会法上問題のない信徒はみな、聖体拝領を許されなければなりません。したがって、例えば、ひざまずいて聖体を受けたがっていたり、立って受けたがっていたりするという理由だけで信徒が拝領を拒否されるのは違法なことです。
議論はこれで終りである。
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