2006.08.16

昔の司祭の感覚「御血のただの一滴でも」

『教理対話』の司祭は、御ミサでの一般信徒の御血の拝領について、次のように言っています。
即ち、大きな教会では何百人という人が毎日曜日聖体を拝領し、平日でも沢山の人が拝領します。もしこの貴い御血が唯の一滴でも床の上や拝領者の着物にこぼれますと、細心の注意を以てその跡を拭わなければなりません。これが葡萄酒の形色で行う聖体拝領に対する実際上の反対論の根拠になっています。
あの記事(御血の一滴の不適切な扱い)を思い出しますね。
現代の司祭達は「唯の一滴でも」と言うでしょうか?
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