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2007.11.21

シスター・ファウスティナの日記の中に部分的贋作あり

その「作り話」を置いたのは誰ですか。
シスター・ファウスティナではありません。
教会内に潜む「ユダら」でしょう。
いずれにせよ、イエズス様は、
こんな事をわざわざなさいません。
こんなわざとらしいことを。
当記事は、以前、上の日付によって「神のいつくしみへの礼拝への疑問」という表題のもとアップしていたものを書き直したものです。私は現在では、最初に表明していたこの信心それ自体に対する疑問は撤回しています。この信心は天国から来たものでしょう。
──最初の否定的な表明についてお詫びします。
しかしながら、私の変化がどういうものかをもう少し具体的に言えば..
当初「シスター・ファウスティナの神のいつくしみへの礼拝は避くべきものである」であったものが、今では「シスター・ファウスティナの日記の中に部分的贋作あり」に変わったということです。
──どういうことなのか、以下、これについて説明します。
テキスト
そもそもこの件が私の中で立ち上がったのは、私が或る教皇座空位論者による記事(参照)読んだからでした。その記事は私に、シスター・ファウスティナの日記の中に次のような内容(テキスト)があることに気付かせました。
44番(Notebook 1)に、
そして、ホスチアはご聖櫃から出てきて、私の手の中に止まりました。そして、私は喜びとともにそれをご聖櫃の中に戻しました。それはもう一度繰り返されました。私は同じことをしました。それにもかかわらず、三度目のそれが起こりました…
And the Host came out of the tabernacle and came to rest in my hands and I, with joy, placed it back in the tabernacle. This was repeated a second time, and I did the same thing. Despite this, it happened a third time…
160番(Notebook 1)に、
Crusade の日、それはその月の5日でしたが、偶然にも初金曜日と重なりました。私が主のみ前で祈りの番をする日でした。全ての罪と侮辱の行為について償いを天主にお捧げすること、そしてこの日に一つも冒涜が行なわれないように祈るのが私の務めでした。この日、私の心はご聖体に対する特別の愛情で燃え立つようになりました。私には、私自身が燃える火に変容されたように思われました。私がご聖体拝領に臨んでいた時、二つめのホスチアが司祭の袖の中に落ちました。それで、私は自分がどちらのホスチアを受けるべきかわかりませんでした。私がしばらくためらっていましたら、司祭は私がホスチアを受けなければならないことを示そうとして、手をじれったそうに動かしました。私が彼の与えるホスチアを受けた時、別のホスチアが私の手の中に落ちました。司祭はご聖体を配布するために拝領台に沿って歩いて行き、私はその間中、主イエズスを自分の手の中に持っていました。司祭が再び私に近づいた時、私は、彼がそれをカリスの中に戻すべくホスチアを上に掲げました。何故なら、私が主を最初に受けた時にはホスチアをまだ呑み込んでいなかったために話すことができなかったからです。けれども、私はホスチアを自分の手の中に持っている間、あまりに愛のパワーを感じたので、その日の残りの間、食べることも自分の感覚を取り戻すこともできなかったほどです。私はホスチアから次のような言葉を聞きました、私はあなたの心の中でだけでなく、あなたの手の中でも休みたかったのだ」。そしてその瞬間、私は小さな姿のイエズスを見ました。しかし司祭が近づいた時、私は再びホスチアだけを見ました。
The crusade day, which is the fifth of the month, happened to fall on the First Friday of the month. This was my day for keeping watch before the Lord Jesus. It was my duty to make amends to the Lord for all offenses and acts of disrespect and to pray that, on this day, no sacrilege be committed. This day, my spirit was set aflame with special love for the Eucharist. It seems to me that I was transformed into a blazing fire. When I was about to receive Holy Communion, a second Host fell onto the priest's sleeve, and I did not know which Host I was to receive. After I had hesitated for a moment the priest made an impatient gesture with his hand to tell me I should receive the Host. When I took the Host he gave me, the other one fell into my hands. The priest went along the altar rail to distribute Communion, and I held the Lord Jesus in my hands all that time. When the priest approached me again, I raised the Host for him to put It back in the chalice, because when I had first received Jesus I could not speak before consuming the Host in my hand, and so could not tell him that the other had fallen. But while I was holding the Host in my hand, I felt such a power of love that for the rest of the day I could neither eat nor come to my senses. I heard these words from the Host: "I desired to rest in your hands, not only in your heart." And at that moment I saw the little Jesus. But when the priest approached, I saw once again only the Host.
405番 から 406番(Notebook 1)にかけて、
主イエズスは聖体顕示台に顕示されました。
しばらく後、私は幼子イエズスを見ました。彼はホスチアから出て来られ、私の手の中に憩われました。これはしばらく続き、私の霊魂を巨大な喜びで溢れさせました。
The Lord Jesus was exposed in the monstrance.
After a short while, I saw the little Jesus, who came out from the Host and rested in my hands. This lasted for a moment; immense joy flooded my soul.
さて、私は「避くべきものである」を訳してアップした時、信者になってまだ日が浅かったためもあって、それが「教皇座空位論者」と言われる人の文章だとは気付いていませんでした。それで、その頃あった掲示板の中で、そのことを指摘されたりしました。
また、別の人(海外生活の長い日本人の方)は、私へのメールの中で、先ず掲示板の人と同じくそれが教皇座空位論の手に成る文章であることを指摘した後、次のように(正確な引用ではありませんが)続けました。
聖ファウスティナの日記は一時期、閲覧および出版が禁じられていたが、その理由の一つとして、それ以前に既に出版されていた彼女の日記の中に贋作(部分的)が疑われていた、ということがあったようである。彼女の日記が解禁された当時、オッセルヴァトーレ・ロマーノ(バチカンの新聞)がそのようなことを書いていたのを読んだ覚えがある。
それ故、もし彼女の日記に偽物も含めて複数のテキスト(バーション)が存在しているのだとしたら、その教皇座空位論者が故意に偽のテキスト(バーション)を引用しているということもあり得るのではないか。そこをもう少し確認しては如何か。
そして私は、彼のその最後の提案を受けて、ウェブの中を調べ始めました。そして、ここではその経緯は省きますが、多くのカトリックの教会や信徒のウェブサイトの中に、上のようなテキストを含む「シスター・ファウスティナの日記」が公開されていることを確認したのです。(あなたも上の英文によって検索し、確認することができます。)
それ故、結論として、こう言うことができるでしょう。
シスター・ファウスティナの日記の中のあのようなテキストは、教皇座空位論者の「故意の引用」ではなく、カトリック教会の中で広く認められている彼女の日記の版(バージョン)の中に有るものである。
内容の検討
次に、内容の検討です。イエズス様は、たとえ何のためであれ、修道女の手の中と御聖櫃の間を三度も行ったり来たりするということをなさるでしょうか。
私としては、こう思います。「いいえ、なさいません」
イエズス様は、そのような純粋に “戯れ” に過ぎないようなことを、わざとらしいことを、なさいません。しかも、これは御聖体を使ってなのです。いいえ、決してなさいません。
私は、それらはシスター・ファウスティナの日記の中に置かれた「作り話」である、と断言します。
その目的はと云えば、教皇座空位論者の言う通り、「手による聖体拝領のプロモーション」です。
多くの人は、私がこのように断言する理由を、簡単にこう見ます。
「自分が手による聖体拝領を否定しているからだ」
確かに、最も根底にはそれがあります。否定しません。
しかしながら、私は皆さんを、もう少し細かく注意深い検討に招きます。
御聖体に対する意識
第一に、シスター・ファウスティナが生きた時代のことを考えてみましょう。それは1905年〜1938年です。その時代に、司祭ではない信者が「御聖体を自分の手に持つ」ことは一般にどう思われていましたか?
確かに、私は歴史家ではありません。しかし「第二バチカン公会議以前」のその時代に於いて、司祭ではない信者(司祭でない修道者を含む)が自分の手の中に御聖体を持つことは、「ならぬ」であるか、少なくとも「特別な事情のない限り」のものであった筈です。
ところが、「シスター・ファウスティナのもの」と言われるそれらのテキストには、彼女のそのような意識が窺われません。
あなたはこう考えるかも知れません──「彼女は最初に “主が御自らの御意志で私の手の中に飛んで来られた” ことを経験したのだから、その後の彼女が “自分の手の中にホスチアが在ること” に特に疑問を感じなくても、おかしくないのでは?」。
しかし、これは後述しますが、その「最初の経験」からしておかしいのです。
上の二番目の逸話を見ます。
彼女は「二つめのホスチアが司祭の袖の中に落ちました」と書きます。
司祭の袖の中に落ちたホスチアは、そこから出て床の上に落ちる可能性があります。
しかし彼女には、その危険に焦った様子がありません。
(しかし、私はシスター・ファウスティナのことを悪く言っているのではありません。「それを書いたのは彼女ではない」と言いたいのです。)
彼女は、他の修道女に御聖体を与える司祭がまた自分のところに戻って来るまで待ち、そして司祭が自分に近づいた時、彼女の手の中に落ちたホスチアがあることを司祭に伝えるために、それを高く掲げます。
何と云うか、私はここに、非常に “普通” の、“何の変哲もない動作” を見ます。私達が “日常” において、誰かが忘れ物をした時に、それをその人に教える時のような。
ここには、その時代の修道女達が持っていたであろうような、御聖体に対する畏怖・畏敬が見当たりません。少なくとも明らかには。
そして、まだあります。彼女はそのホスチアを司祭に向って高く掲げた時、「彼がそれをカリスの中に戻すべく」と書いています。
When the priest approached me again, I raised the Host for him to put It back in the chalice.
しかし、修道女が一度手に持った御聖体を、司祭がそのままカリスの中に戻すということはあり得るのでしょうか?
この「シスター・ファウスティナ」はそう考えているようですが。
総じて、この「シスター・ファウスティナ」の御聖体に対する意識は「軽い」と言えそうです。まるで、御聖体に対する敬意を持たない誰かが “作文” したかのように。(そうに違いありません)
ホスチアの挙動
さて、前述の「 “最初の経験” からしておかしい」について。
その教皇座空位論者による記事の中、私が目を付けるのは、私が赤字強調した箇所だけです。つまり、ここでも既に取り上げているホスチアに関する部分だけです。彼がシスター・ファウスティナの日記の中から抜き出した他の箇所に関しては、私は「確かなことは言えない」と思っています。
しかし、彼がホスチアに関する箇所を指して言ったこと──「それは手による聖体拝領のプロモーションである」──は全く正しいと思います。
何故か?
私が手による拝領を否定しているからか?
しかし、先ほど言ったように、もう少し細かく注意深く観察してみましょう。
まず、ホスチアのこの挙動。
そして、ホスチアはご聖櫃から出てきて、私の手の中に止まりました。そして、私は喜びとともにそれをご聖櫃の中に戻しました。それはもう一度繰り返されました。私は同じことをしました。それにもかかわらず、三度目のそれが起こりました…
And the Host came out of the tabernacle and came to rest in my hands and I, with joy, placed it back in the tabernacle. This was repeated a second time, and I did the same thing. Despite this, it happened a third time…
この、いわば「戯れ性」が問題です。
私が思うに、イエズス様はホスチアを使って一人の修道女と──たとえそれがどれほど聖なる修道女であれ──このような「戯れ」をなさることはありません。
確かに、「御聖体が不思議な動きをした」ということは、聖人達の逸話の中にたまに見かけます。
シエナの聖カタリナの例
信用することのできる数人の人がわたしに断定したところによると、かれらは、カタリナが聖体を拝領したミサにあずかったとき、聖いホスチアが司祭の手から離れて、かの女の口に飛んで行くのを見たとのことである。また、かれらの言うところによると、この奇跡は、わたしがカタリナに聖体をさずけたときも起こったとのことであった。正直に言って、わたしはそれにあまり気づかなかった。ただ、わたしが聖体をかの女の口に近づけるとき、ホスチアがふるえているのを、いつも感じていた。ホスチアは、遠くから力まかせに投げた小石のように、かの女の口のなかに入っていた。聖書学の教授で現在わたしたちの修道会のローマ管区の管区長である兄弟バルトロメオ・ディ・ドメニコも、わたしは、カタリナに聖体をさずけるとき、聖いホスチアが指を離れて、かの女の口に飛び込むのを感じた、と話してくれた。
ライモンド・ダ・カプア著『シエナの聖カタリナ』(中央出版社)p316-317
福者イメルダ・ランベルティーニの聖カタリナの例
福者イメルダ・ランベルティーニは、9才でドミニコ会女子修道院にあずけられた。イメルダは、毎日御ミサに与っていました。13才の頃、自分も御聖体を望みましたが、まだ許可されませんでした。丁度、主の昇天の祝日の前日、イメルダは、心の底から御聖体を望みましたが、この時も許可して貰えませんでした。御ミサの後、イメルダは、御聖体を熱望するあまり、聖堂に残り祈っていました。すると、突然輝く光に包まれた御聖体が、聖櫃から飛び出してきて、聖堂内を照らしました。人々が驚いていると、神父様がこの御聖体を取って、イメルダに拝領させました。イメルダは、そのまま愛の脱魂のうちに息絶え、天国に飛んでいきました。1333年5月12日のことでした。
しかし、これらの場合、先ず御聖体拝領への熱望・切望が存在し、そして結局、御聖体の目的にふさわしく、それは拝領されて終わるのです。
しかしシスター・ファウスティナの日記の物語においては、ホスチアは御聖櫃から出て彼女の手の中に収まり、御聖櫃に戻されると再び出て彼女の手の中に収まり、また御聖櫃に戻されるとまたまた出て彼女の手の中に収まり、そして結局、拝領もされもせずに終わるのです。
ですから、後者のホスチアの動きは、ただの「戯れ」です。
というのは、御聖体というものも「目的」を持っているからです。
聖なる目的。すなわち、人間に拝領され、人間を神と「一つ」のものに、或いは神と「近い」ものにする、ということ。
そのためには「拝領」されなければなりません。
しかし、シスター・ファウスティナの日記の中のホスチアの動きは、その目的と無関係です。それはその無目的性によって「戯れ」と呼ばれます。(或いは、私が書き直す前の記事で書いたように「ふざけた挙動」と。)
「愛」というものに柔弱な観念を持っている人は言うかも知れません──「恋人同士だって戯れるじゃないの」。しかし、それは確かに柔弱です。
「御聖体」というものに対して、天主様ご自身、もう少し「厳か」な意識をお持ちです。(いくら「愛」であろうとも。)
そして、「戯れ」を好むのは、むしろ悪霊達です。
しかもこの場合、御聖体を使っての戯れなのです。
ぼんやりしたカトリック信者以外、「これは唯事ではない」と気づくべきです。
「戯れ性」は「無目的性」、或いは「根拠薄弱性」です。
「私はあなたの心の中でだけでなく、あなたの手の中でも休みたかったのだ」(参照
どこに「心の中でだけでなく手の中でも休む必要」がありますか?
そのような主張(理由付け)を信じるほど、私達は、あまり自分の頭の中を「愛のお花畑」にすべきではありません。
もう一つ別の側面から見てみましょう。
日本でも、ある町に、最近、「ご聖体を買います」というビラが貼られているのが見られるようになりました。ねだんは1万円かそれ以上のもあります。こうして買われるご聖体は、あとで、あくま礼拝の集会で、いわゆる黒いミサのときに、ぶじょくされ、汚されることになっています。
デルコル神父編 ご存じですか? 44
『警戒すべきこと ─ 教会に対する攻撃』p11
わたしは、かの嫌悪、唾棄すべき「黒ミサ」や、反宗教的冒涜については触れませんでした。これらは、堪えられない酷さを秘めています。しかし、こうしたすべては、「手」による聖体拝領によって、容易にされ、また、授けられるのです。
カトリック信者の中には、デルコル神父様やマリ-ジャック神父様のことをあまり好きでない人も居るかも知れません。しかし、誰が言っているかに関わらず、上のような事(黒ミサにおける神聖冒涜)は行われているでしょう。
もちろん、舌による聖体拝領が「規則」となったとしても、彼らにはそれが可能です。一度口に含んだ御聖体を後で吐き出せばいいのですから。
しかしそれでも、「手による聖体拝領」によってその危険性(彼らにとっては容易性)は格段に増大すると言わなければなりません。
そうであるに拘わらず、イエズス様ご自身が「私はあなたの心の中でだけでなく、あなたの手の中でも休みたい」などと言うかと云えば... 言わないのです。
小結論
私は「手による聖体拝領は天主様のお嫌いになる所である」という私としての「結論」からばかりでなく、以上の「観察」からも、次のように結論付けます。
シスター・ファウスティナの日記の中のホスチアに関するそのような箇所は天国由来のものではない。
* * *
さて、上の「小結論」について、教皇座空位論者も当時の私も間違いませんでした。しかしその先にあるべき「大結論」については間違いました。
というのは、物事を検討する自分達の目に於いて、私達は(彼と私は何の仲間でもありませんが)「シスター・ファウスティナの日記の中の部分的な贋作」ということの可能性を少しも視野に入れていなかったからです。「シスター・ファウスティナの日記にあることは全てシスター・ファウスティナが書いたものだ」と信じ込んでいました。
その視野の欠けによって、教皇座空位論者の彼はこの「日記」ばかりでなくその「信心」(神のいつくしみへの礼拝)までも否定するに至り、私も少なくともそれを「疑う」に至りました。
しかし、私達は間違っていたと、今、私は思います。
「神のいつくしみへの礼拝」は確かに天国から来たものなのだと、今、思います。
このような事を「証明」するわけにはいきません。それはできません。
しかし、私が考えを変えるようになったキッカケは二つあります。
一つは、初めの方でも紹介したこの証言です。
聖ファウスティナの日記は一時期、閲覧および出版が禁じられていたが、その理由の一つとして、それ以前に既に出版されていた彼女の日記の中に贋作(部分的)が疑われていた、ということがあったようである。彼女の日記が解禁された当時、オッセルヴァトーレ・ロマーノ(バチカンの新聞)がそのようなことを書いていたのを読んだ覚えがある。
私はこの情報を重視します。
(これを私に言った人は、極めて信仰深く、能力と人格に於いても優秀な人です。)
そしてもう一つは、「エクソシズムに於いて司祭と悪霊達が長いやり取りをする時には悪霊達は必ず自由に嘘を言い得る」と断言するカトリック信者達には通りの悪いことですが... これらです。
1976年3月30日
憐れみ深いキリストの絵とロザリオのことも語られるべきである。これらにも重要な約束が付されている。
The picture and Rosary of Merciful Christ should also be referred to. Important promises are also attached to these.
1975年10月22日
シスター・ファウスティナに与えられた彼の顔がある絵は広められなければならない。
The image of the face of Jesus painted by Sister Faustina should be propagated. (God of Mercy)
1975年10月22日
この女は……それ(聖母)の保護下にある。その絵(慈悲深き救い主)は悪い! 我々はそれを見ることができない!
Die steht unter dem Schutz von der da .... (= Gottesmutter). Das Bild vom ... (Barmherzigen Heiland) ist schlimm! Das Bild können wir nicht sehen!
大結論
上の二つのグループ(証言とエクソシズム)と上記全ての観察とを考え合わせた上で、私は次のように大結論します。
シスター・ファウスティナの「神のいつくしみへの礼拝」は天国から来たものだろう。
しかし、彼女が書いたと言われる「日記」の中には、間違いなく敵の手に成る贋作が含まれている。特にホスチアに関する幾つかの箇所では、教皇座空位論者の言う通りに、「手による聖体拝領のプロモーション」が行なわれている。
以上。
最初に見解を改めたのは2008/05/01。この記事の最終更新は2013/03/30。
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