2008.10.14

本を持つ 「シスター・ルチア」

ここに一枚の写真がある。
(写真の中のオレンジの文字は管理人による挿入)
まず、あなたに訊いておこう。
カメラの前でこのようなポーズを取るシスター・ルチアは
「シスター・ルチアらしい」でしょうか?
「感覚」は人間にとって非常に大事です。
さて、この写真が撮られたのは、次の場所によると2002年2月11日だそうである。 http://galeriacores.no.sapo.pt/Irmalucia2.htm
この写真のもともとの出所は次の場所のようである。
The Call to Fatima
トップページ: http://www.thecalltofatima.com/index.htmキャッシュ
写真販売のページ:
https://www.thecalltofatima.com/photoshop/index.htmキャッシュ
このグループは「The Call to Fatima」と名付けられた一つのファチマ・キャンペーンを立ち上げている。ファチマに関するDVDを制作し、シスター・ルチアの本とセットにして販売している。シスター・ルチアの写真も販売しているようだし、講演会なども行っているようだ。とにかくファチマとシスター・ルチアに対する好意全開のキャンペーンである。
トップページの左上にある黄色の囲み文字が言っているように、「このフィルム(DVD)はファチマ聖地とコインブラのカルメル会によって承認されている」。
Film Makersキャッシュ」のコーナーの中には、ファチマ・クルセイダーによって言及されているルチアーノ・ゲッラ神父キャッシュルイス・コンドル神父キャッシュが含まれている。また、「シスター・ルチアの専属医」とされる女医 Dr. Branca Paulキャッシュも。
写真の「シスター・ルチア」が手にしている本は何だろう?
一行目の文字はポルトガル語で「APELOS DA MENSAGEM DE FÁTIMA」であるようである。英訳すれば「APPEALS FROM(あるいはOF)THE MESSAGE OF FATIMA」。
そして、Wikipedia の Lucia Santos の項には次のようにある。
更に一冊の本が2001年に刊行された。これは『Calls from the Message of Fatima』とか『Appeals of the Fatima Message』とかの幾つかの名で知られているが、バチカンが2001年12月5日に発表したものである。
従って、上の写真が撮られたのが2002年であることと考え合わせても、彼女が手にしている本が『CALLS FROM THE MESSAGE OF FATIMA』であることは確実だろう。
この本は、先程触れたファチマ・キャンペーンの The Call to Fatima がその DVD とセットにして売り出しているものである。トップページキャッシュ
そのキャンペーンに関係したビデオが二つある。
“The Call to Fatima” - 米国での初お披露目
シスター・ルチアの望み
これらのビデオと写真販売のページキャッシュとを合わせて見る時分かるのは、シスター・ルチアはかなり多くスチールカメラ(静止画カメラ)とビデオカメラを向けられたらしいということである。
シスター・ルチアはこれらを撮られた時、確かにかなりの高齢だった。けれど、彼女は自分が何故このように多くの写真や映像を撮られるのかの理由について、全く無知だったろうか?
否、そんなことはなかったに違いない。彼女はそれが何であるかをもちろん理解していただろう。そんなことさえ理解できないほど鈍っていたのなら、そもそも本など作れやしない。
彼女はおそらく、彼らのいろいろな要望に応えてポーズを取った。本を手にした写真も、単に出版を記念してカルメル会の身内で撮られた何気ない記念写真などではなくて、ファチマ・キャンペーンを張るそのグループがそれ固有の目的において撮影した。シスター・ルチア自身もそれを知った上で彼らに協力した。
もちろんこれだけでは何の咎めるべきところもない。彼女はただ純粋に世界の人々にファチマに目を向けてもらいたいと思ったのかも知れないし、このキャンペーンにゲッラ神父やコンドル神父が一枚噛んでいることは知らなかったのかも知れない。?
注)「シスター・ルチア」が亡くなったのは2005年。そしてこのファチマ・キャンペーンが実際に立ち上げられたのは2007年のようだ。では、「シスター・ルチア」はやがて立ち上げられることになるファチマ・キャンペーンのことを知らなかったのか?・・・確かに、その可能性もあるだろう。しかしそれでも、彼女の写真の撮られ方、特に女主治医との撮られ方を見れば、彼女が「演出」の世界の中に居たのは事実であり、彼女もそれを感じていただろう。
「CALLS FROM THE MESSAGE OF FATIMA」はどんな本なのか。
The Catholic Counter-Reformation in the 21st century(以下、CRC と呼ぶ)というサイトがこの本のことを紹介する中で彼女の言葉を引用している。
この本は、シスター・ルチアが今まで尋ねられて来た質問に彼女自身が答える形を取っている。
私はこの本を、信仰を持っている全ての人々のため、そして、神様からのこの贈り物を受け取っているにも拘らず幸福を感じていない全ての人々のために送ります。何故なら、私達は皆、その自覚のあるなしに関わらず、永遠に向かって自分の道を歩んでいる巡礼者だからです。私は皆さんから、多くの重大な疑問や要望を含んでいる数え切れないほどのお手紙を頂いています。
それは特に第三の秘密とロシアの奉献についてである。
私は今まで、自分が皆さんの質問にお一人お一人個別にお答えすることができればと思って来ましたが、実情としてそれは不可能なことでした。
(中略)
私は今、この『CALLS FROM THE MESSAGE OF FATIMA』によって、皆さんから頂いていた質問のおよそ全てに答えようとしています。このことは、神が、全ての人の代表としての私に託されたことです。
(中略)
それはメッセージの解釈ではありません。それは神の教会にふさわしいことです。そしてまたこの本は、ご出現に関する歴史的記述でもありません。何故なら、それについては既に皆さんご存知だからです。この物語については、多くの著作者の皆さんが、私がこれまでにできたよりも上手に語って下さっています。そしてそれは世界中に広められた多くの書物の中で語られました。
It is not an interpretation of the Message; this pertains to God’s Church. Neither is it an historical account of the Apparitions, as this is already known to you. Many authors have told the story better than I could ever have done, and it is contained in many books that have been spread throughout the world.
(中略)
私がしたいと望む全ては、ご質問に答え、今まで私に関して持たれて来た疑いを晴らすことです。
All I wish to do is to reply to the questions, and clarify the doubts, that have been put to me.
(中略)
どうか、このコミュニケーションが私自身から来たものであるとは見なさないで下さい。むしろこれを、神の御声の反響と見なして下さい。そして、私達皆が、神が私達のために引いて下さっているこの道に従うことに心から同意しましょう。
(中略)
そうです。何故ならそれは、私達が永遠の救われに至る道に沿って進むことを助けるために、その御憐れみから来るこの緊急の呼びかけを私達に与えんとする神の愛から発したものだからです。
また、この同じ記事は、この本に寄稿したらしいレイリア-ファチマ司教区のセラフィム・デ・スーサ・フェレイラ・エ・シルヴァ司教(Bishop Serafim de Sousa Ferreira e Silva)の言葉も伝えている。
それでも、疑いと誤解のどのようなものをも避けるために、私はこの本の読者に、この本は間違いなく彼女の発案によるものであり彼女自身によって書かれたものである、と確言したいと思います。
念の為に言えば、彼は「シスター・ルチア1」と親しかったシルヴァ司教(Bishop José Alves Correia da Silva)とは別人である。
それどころか、彼はゲッラ神父と並んで次の記事に登場する人である。
みこころネット「ファチマ、異教徒間の聖堂になるか?
注)みこころネットさんのページが文字化けする時にはブラウザのテキストエンコーディングで Shift JIS を選択してください。
彼女が『CALLS FROM THE MESSAGE OF FATIMA』の中で言っている言葉だが..
「それはメッセージの解釈ではありません」── “それ” とは「この本」あるいは「この本の目的とするところ」だろう。
「それは神の教会にふさわしいことです」── “それ” とは「メッセージを解釈すること」だろう。
そして、冒頭の写真の中で彼女が手に持っている本の中には間違いなくそれらの言葉が載っていただろう。彼女の近くにいる何者かが「彼女に手渡す本」と「一般に販売される本」を違ったものにするという悪どい操作をしたのでもない限り。
その本の中にそれらの言葉があることを、彼女自身も知っていただろう。
それを知った上で、彼女はこの本を手に持ち、カメラの前でポーズを取った。
「変なことを言っている」と思われているかも知れない。しかし、私がこのように言うのも、あまりにしばしば彼女の言葉の真贋が問われることが多いからである。グルーナー神父様達のグループは(私は彼らを基本的には心底から尊敬するが)、カルロス・エヴァリスト達のインタビューにおけるシスター・ルチアの言葉にしても、教理省の発表におけるシスター・ルチアの言葉にしても、「それは捏造である」と主張している。
しかし今回、この『CALLS FROM THE MESSAGE OF FATIMA』という本に関しては、話は別である。何故なら、彼女自身が写真の中で、私達に可視的な形で、この本への「支持」をはっきりと表現しているからだ。この写真は、いわばこの本に対する彼女としての「認定状」である。今回はグルーナー神父様達でさえ、この本がバチカンによる捏造であると言うことができない。
そして、ここで少し時の流れを追ってみよう。
2000年
教理省、『ファチマ 第三の秘密』を発表する。
2001年
『CALLS FROM THE MESSAGE OF FATIMA』刊行される。
2002年
シスター・ルチア、『CALLS FROM THE MESSAGE OF FATIMA』を持って写真に収まる。
だから、彼女は冒頭の写真が撮られた時、その少し前に発表された教理省の『ファチマ 第三の秘密』の内容も知っていただろう。教理省のその本は、「ロシアの奉献は完了している」、「これで第三の秘密は全て公表された」、そして彼女自身のとされている「わたしは、見たことを書いたまでです。解釈するのはわたしではなく、教皇様です」(p28)という言葉を含んでいる。彼女はこのことを、この写真を撮った時、知っていた。
そう考えるのが自然である。
彼女は──この写真の中の彼女は──それら全てを知っていた。
その筈である。酷い情報統制に遭ったのでもない限り。
それなのに、何の抗議もしなかった。
この穏やかな、何の暗さもない表情からして、それは確かである。
それどころか彼女は、教理省の『ファチマ 第三の秘密』の中で彼女に帰せられる「解釈するのはわたしではなく、教皇様です」という言葉と全く等しいトーンを持つ「それ(解釈)は神の教会にふさわしいことです(神の教会に委ねられています)」という言葉を含む自著を手に持って、カメラの前でポーズを取り、微笑むことができたのである。
そう、何はどうあれ、彼女にはそれが「できた」のだ。この事実である。
私は、これは、あるいは人間の目に「小さなこと」として映るかも知れないけれども、しかし実は「異常」、あるいは「奇異」という語を持ち出すには十分なことだと思う。
私は彼女のこの本を手に取って見ているわけではない。けれど、手に取らなくても十分に推測できることがある。
その一つは、彼女はこの本の中で「ロシアの奉献」について何一つはっきりしたことを言っていない、ということだ。
何故ならば、ニコラス・グルーナー神父様もそのグループの人達も、シスター・ルチアのこの本のことに、私の知る限りほとんど全く触れていないからだ。
もし彼女がこの本の中で「ロシアの奉献は1984年3月25日に達成されました」と書いていたなら、必ずグルーナー神父様達が即座に強く反応するだろう。そして、もし彼女がこの本の中で「いいえ、ロシアの奉献はまだ為されていません」と書いていたなら、この本は出版されていない。であるから、この「シスター・ルチア」はこの本の中で、ロシアの奉献には触れていないのである。
また彼女は、聖母がお求めになった「5ヶ月間(5回)引き続いての初土曜日の償いの聖体拝領」のことにも言及していない。
何故ならば、CRC の記事が「彼女は、それらを世界に明かすことが自らの使命と考えていた事どもの重要部分──1917年7月13日の偉大な秘密、5回の初土曜日の償いの信心、マリアの汚れなき御心にロシアを奉献することの要求など──省略しているが、それは彼女の発言が教会権威者によって不当に抑圧されていたからであり、このことはむしろ彼女の英雄的な忍耐と変わることのない従順を意味している」ということを言っているからだ。(この解釈は、軽蔑はしないが、オメデタイことである。)
そしてまた彼女は、聖母その人についてさえ、それほど熱心には語っていないようだ。CRC の記事がこう言っているからだ。
どうか、このコミュニケーションが私自身から来たものであるとは見なさないで下さい。むしろこれを、神の御声の反響と見なして下さい。そして、私達皆が、神が私達のために引いて下さっているこの道に従うことに心から同意しましょう。
私達は、この「道」という言葉がマリアの汚れなき御心への崇敬を意味するものであることを知っています。シスター・ルチアはこのことにはっきりとは言及していません… しかし、これは彼女の手落ちではありません。彼女は従順から、それに言及しなかったのです。
また、こうも言っている。
彼女は厳しい言論弾圧の中で言葉の選択に苦しみながらも、ある種の「仄めかし」に努力することよって我々に何かを伝えようとしている
「シスター・ルチア」は何をしても、また必要な何をしなくても、とことん良く解釈してもらえる!
この時点で、
彼女は長い間不当に沈黙させられて来た。そして、今まで彼女の言葉として発表されて来たもののかなりの部分は、実のところ彼女の言葉ではなく、バチカンがそのファチマ構想によって捏造したものである
などという主張はナンセンスである。
「この時点で」と言うのは、要するに今回は写真があるからだ。
彼女は、教理省の発表から自分の本の内容までの一連を知った上で、最終的に2002年に、疑わしい言葉があり、且つ必要な言葉のない自分の本を持って、カメラの前で微笑むことが「できた」のである。
彼女は、教理省の解釈を目に通し、その中にあるのと全く同じトーンを持った言葉──「それ(解釈)は神の教会にふさわしいことです(神の教会に委ねられています)」──が自分の本の中にもあるのを知った上で、その本を持って写真に収まったのである。
彼女は、自分の本の題名が『ファチマ・メッセージからの呼び声』であるにも拘らず、そこにはロシアの奉献のことも初土曜日の償いの聖体拝領のことも書かれておらず、更には聖母その人のことも大して書かれていないのを知った上で、その本を持って写真に収まったのである。
彼女は、その本と同様にファチマに関するそれら重要なファクターの欠けているだろう彼らのファチマ・キャンペーンに協力するために、スチールカメラやビデオカメラの前で彼らの要望に応えながら様々のポーズを取ることが「できた」のである。
私に言わせれば──自惚れるわけにはいかないが、私の「人間理解」から言えば──こんなものは「忍耐」でも「従順」でもなく別のものである。即ち、本物のシスター・ルチアにとっては、そのようなことは決してできない、思いも寄らないことだったろうと私は信じて疑わない。
即ち、もしこれが本物のシスター・ルチアであったならば、自分が世界に伝えるべき最も重要な要素が決定的に欠けているような本は彼女にとって一も二もなく悲しみであるが故に、まず「書かなかった」、そして長上に命令されてさえ「書けなかった」に違いない。
たとえ世界に対する良心のためであろうと、本物のシスター・ルチアにとっては、このような中途半端な、「妥協的」という言葉すらそぐわない、決定的にファチマ・メッセージの中心部分、いわば命まで欠落したような使命の遂行など、あり得なかったに違いない。
シスター・ルチアにとっては「ロシアの奉献や初土曜日の信心のことを語ることをしないファチマ・メッセージからの呼び声(Calls)、訴えかけ(Appeals)」など、ただのナンセンスなのである。
このようなものに騙されるのは、善良でイノセントな人達だけである。
善良なのはいいが、イノセントなのは困る。
例えばです──少し脱線するが──イノセントな人達、あなた方はこのシスター・ルチアの「メッセージの解釈は教会に(あるいは教皇様に)委ねられています」という言葉を良い言葉だと思うでしょう?
しかしながら他方、この「シスター・ルチア」は、「メッセージの入った封筒の開封の時期については、マリアではなく私が、私の直観で決めました」と言っているのです。
こういうところに、少しは「おかしいな」と気づいて下さい。
彼らは要するに、ファチマ・メッセージから骨を抜いたのである。
柔らかな、口当たりのよい肉を残しながら。
「柔らかな、口当たりのよい肉」とは一般的な「福音的」な話のことである。彼女はこの本の中でそれを延々と続けているフシがある。
《ページ移動のためのリンクはにあります》
日記の目次へ
ページに直接に入った方はこちらをクリックして下さい→ フレームページのトップへ
inserted by FC2 system