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2009.09.14

平和のためにイエズスを隠す

手元にこの本がある。限りなく「知性の無駄遣い」で埋まっている本だ。この本の一箇所が私に連想を運んだので、書いておく。
173頁から「諸宗教の人々と共に祈る」と題してフランコ・ソットコルノラ(Franco Sottocornola)という名の神父様が書いている。私はこれを読んで、「このようなものがカトリック司祭の仕事などであるものか」と呆れたが、ついさっき、この神父様のお名前で画像を検索して、「ああ、この神父様か」と思った。次の小冊子でも書いていた人だ。
「いのちを与える聖体 ─ 聖体の秘跡を理解するために」(ドン・ボスコ社)
ご風貌に特徴があるので、また、ご覧のように何やら日本風の趣の中でミサを捧げておられるので、よく覚えていた。
この神父様が「諸宗教の人々の共に祈る」の中でこういうことを書いておられる。
2 相対主義的な宗教シンボルの使用を避ける
これらの集会では、特に諸宗教合同の祈りの際、諸宗教それぞれがもつ固有の宗教的象徴を並置することから生じる「象徴的相対主義」を避ける必要がある。それらの象徴の使用を一概に排除しなければならないということではなく、その象徴に関する印象、またはそれを使うことによって伝えられるメッセージをよく吟味する必要があるということである。つまり、関係するさまざまな宗教の信者たちの気持ちを尊重することが大切である。おそらく、それぞれの宗教を示す固有の象徴を使用するよりも、花、木、水、火、光などのようにすべての人が受容し理解できるもの、もしくはいずれの宗教的感性にも逆らわない象徴を活用することが望ましい。
179p
「諸宗教合同の祈りの際」とは、もちろん他宗教・諸宗教とのエキュメニズム集会のことである。
私がすぐに連想したのは、今ではページがなくなってしまったらしいが(一部が残っている)、かつてアシジの世界宗教者平和会議(諸宗教祈祷集会)について読んだ時の次のような記述だ。
アシジの第二回世界宗教者平和会議では、アシジ大聖堂のありとあらゆる十字架が取り払われ、固定されて取り払われない十字架は布を被せて隠された。
こういうことなんである。今やカトリックはこういうことができるのである。アシジの世界宗教者平和会議以来、そしてフランコ・ソットコルノラ神父の文章を読むと今現在も、カトリックは、カトリックの宗教施設で他宗教の人々と「諸宗教合同の祈り」をする場合、イエズス様の磔刑像を取り外したり、それに布を被せたりする気なのだ。他宗教の人々の「気持ちを尊重」して。
もちろん、ひとたび「諸宗教合同の祈り」などという場を設定すると、どうしてもそうなるだろう。イエズスの磔刑像の真ん前で仏教徒に彼らの礼拝をさせるわけにもいかないだろうから。だから、その意味では、「気持ちを尊重して」というのは正しい。正しいというか、無理もない。けれども、そのために私達カトリック信者は、主イエズス様の磔刑像を取り外したり、それに布を被せたりするのである。あなたはには、この感覚がわかるか? 理解できるか? 私にはまったく理解できない。まったく理解不能であり、共感不能であり、受容不能である。私は、たとえ何のためであれ、そこにあるイエズス様の磔刑像を取り外したり、それに布を被せたりできない。たとえ何のためであれ、たとえ一瞬であれ、この世に対してイエズス様の御受難を真っ直ぐに象徴しているものに布を被せて「見えなくさせる」などということはできない。主の御行ないが、御受難が、この世にとって光であるという時に、それに覆いを掛けて見えなくさせる、人々の目から「隠す」!──そんなことはとんでもない「悪」である。「この世にイエズス様のことを伝える」ということが私達の絶対的と言っていい務めである時に、他のどんな「善意」のためであれ、そんなことをしてはならないのだ。イエズス様に対して、どんなに失礼であることか。それができるのは、カトリック信者として気が狂っている人だけだ。
しかし、またもやこのようなロクデモナイことを考えるのは「知的」な部類の人達なのだ。本当に、人間の知性はクソである。本来は神から貰った素晴らしいものの筈だが、何故このようなことになり易いのだろう。この神父様は「象徴的相対主義」などと言う。私は、これがどのようなことを意味するのか知らないし、また、単なる好奇心から以外ではそれを知ってみようという気にもならない。それを学んで上のようなことができるようになるなら、そんなものはクソである。
この神父様の所属は聖ザベリオ宣教会。今回調べて初めて知ったが(上記の小冊子にも書いていることだが)、「真命山・諸宗教対話・霊性交流センター」なる機関の所長をしているらしい。エキュメニズムのお山にいる人だ。
第二バチカン公会議以降、カトリック聖職者は「東洋の霊性」を評価するようになった。それが何よりも不幸の始まりだ。私は、本当はアリンゼ枢機卿様にも()ランジス大司教様にも()、カトリックの伝統的な善き習慣・動作を励ますために「アジアの文化・霊性にも適合したことだ」という文脈を取って欲しくない。「カトリックの伝統は洋の東西を問わない普遍的なものだ」と言えば済むことである。しかし、第二バチカン公会議以降、それができなくなってしまった。
「東洋の霊性には深いものがある」などと言う。しかし、それが深いか浅いか、誰が分かるのか。カトリック聖職者はどこまでもこう言うべきなのだ、「カトリックはカトリックの伝統だけで全てまかなえる。そこから全てを汲むことができる」と。
実際、(少し事柄が小さくなるが)たとえば御聖体拝領の時に跪くことなどは、洋の東西を超えた普遍的な善き慣習だ。何故なら、理由は実に簡単、跪くことは立っていることよりも「身を低く」する姿勢だからだ。尊敬すべきものの前で「身を低く」することが「立って」いることよりも尊大な姿勢であると思われている文化は人類世界の中に「ない」のであり、「立って」いることが「身を低く」することより謙遜な姿勢であると思われている文化は人類世界の中に「ない」のである。「身を低くする」という動作に謙遜さを感じるというこの感受性(感じ方のかたち)は、神が人間全てにお与えになったものだからだ。おわり。けれど、それでも日本の司牧者達はつべこべぬかす。実にくだらない。(後日の補記
郡山司教様は(検索したら出て来てしまった、すみません、司教様)このソットコルノラ神父のことを高く評価しておいでだ。また、エキュメニズムをも少しも疑っておられないようだ。
1964年に発布されたパウロ6世の回勅「エクレジアンム・スアム」が対話の大憲章と言われるということは前に書いた。
同じ年諸宗教事務局発足。その回勅の発布20周年を記念して1984年に出されたのが「対話と宣教」という指針。対話がキリスト教以外の宗教に対する新しい態度であると指摘。
この指針を受けるかのように、その3年後、真命山東西霊性交流センターが産声を上げた。その主人公こそ、公会議を影で支え大きな推進力となって活躍した重要な神学者の一人現所長のフランコ神父さんその人。学究の世界と実際の生活の統合への道が開かれたということで画期的なでき事。日本教会はこの事実をもう少し知る必要がある。
ともあれ、7年後の1991年、諸宗教事務局は諸宗教対話評議会と名を改め、指針「対話と宣言」を発布。教会の進化を実感。いずれにしても、世界の平和のために手を取り合って協力しようと先に呼びかけたのが教会だったということは誇りに思っていい。しかし諸宗教対話は「宣教のさまざまな形の一つ」のままあまり省みられていないのが現状のようだ。
「画期的」か。。 先日もあったな。
ヨハネ二十三世によって召集され、その後継者であるパウロ六世によって閉じられた第二バチカン公会議(1962年〜1965年)が、教会に新しい息吹を吹き込んだ、教会史上、画期的な公会議であったことはたびたび指摘されている。(…)また、他宗教からオブザーバーを招待したことも画期的なことであった。
神言会日本管区長 市瀬英昭神父 参照
カトリック聖職者の方々がこの「第二バチカン公会議信仰」から目を覚ますのはいつの日か。
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