2011.05.15

パデルニョーネの「復活のキリスト」教会 (7)

イーヴォ・パンテギーニ神父
Mons. Ivo Panteghini
パデルニョーネの教会を作った男
以前の記事で「お見知りおきを」と言っておいた(参照)人である。パデルニョーネの教会の建設プロジェクトを担当した司祭である。おそらく全面的且つ活発に関わったであろう。彼は実際、その建設を記録した多くの写真の中に顔を出す。また、なかなかの地位を持つ人らしい(参照)。(困ったことである)
この人は勿論カトリック司祭である。しかし、テンプル騎士団とも大変仲がいいようだ。
テンプル騎士団…… 私は一部から「陰謀論狂い」「オカルト狂い」のように思われているかも知れないけれども、実はこれについてほとんど何も知らない。けれども、今、画像を少し検索してみたところ、分かり易いシグナルがあった。テンプル騎士団のIDカードである。
画像が小さくて分かりづらいが、ピラミッド、ホルスの目、アンク十字、そしてバフォメットを思わせる形などが見られる。イギリスのテンプル騎士団が販売している official なものである。 (画像はリンクされている)
パンテギーニ氏は、2008年3月7日、ブレーシアのカテドラルにおける四旬節行事(ミサ?)に O. S. M. T. J. (Ordre Souverain et Militaire du Temple de Jérusalem) という名のイタリアのテンプル騎士団が参加した際、それに聖十字架の聖遺物を与えたようである。(左)
(画像はリンクされている。が、イタリアのサイトは日本からは何故かうまく開いてくれないことが多いので、Wayback Machine を経由する)
「聖十字架の聖遺物? いいじゃない。信仰的じゃない。彼と彼らの敬虔は疑いないじゃない」と言うならば、表面的な見方というものだろう。
そして、それからおよそ一週間後の2008年3月15日、今度はナポリの Pontificia Reale Basilica di San Giacomo degli Spagnoli(Wikipedia-it)で、パンテギーニ氏は同じテンプル騎士団の儀式に参加している。入団式を含む何か重要な儀式だったらしい。以下、それにおける写真。
まず、間違いのないところから。儀式後のテンプル騎士団の晩餐会(祝賀会?)でのパンテギーニ氏。
間違いなくパンテギーニ氏である。
次は、儀式でのパンテギーニ氏と思われる人物。
慎重に「思われる人物」と書いたけれど、まあ、間違いないだろう。
第一に、儀式の説明の中に、ミサの司式者として彼の名がある。
第二に、儀式中のこのような衣装と振る舞いからして、この人物は重要人物である。儀式後の晩餐会に出席しない筈はない。そして、晩餐会の写真を見ても、これに似た人はパンテギーニ氏以外いないのである。
もしこの推測が間違っていなければ、上の写真は、カトリック司祭がテンプル騎士団の儀式でテンプル騎士団の剣を手に取った図である。カトリック司祭のやることか?(少なくともこう言うことができる──「余計なことはするな! 御ミサだけで十分じゃないか!」)
その儀式に出たカトリック司祭は彼だけではないようだ。記事には他に三名、カトリック司祭とおぼしき者の名が挙げられている。
上の写真はビデオからのキャプチャー画像に違いないが(ビデオ自体はアップされていないようだ)、上のパンテギーニ氏が剣を持った場面にフェニックスが重なるコマがある。
十分に不吉である。そして再び「余計」である。カトリックにはフェニックスをシンボルとして使う習慣も伝統もない。
因みに、「正確にいってテンプル騎士団はフリーメイソンであるかどうか」は、私にとって少しも問題ではない。あのようなとんでもない教会を作ることができたパンテギーニ氏である。その彼が目をつけ、好意を持ち、上のように深く関わっているものが「善いもの」である筈がない。善い目を持った人は善いものを選び、悪い目を持った人は悪いものを選ぶのである。
2007年9月: パデルニョーネの教会の献堂
2008年3月: 上の出来事
2009年10月: ルイジ・ヴィラ神父様一派、Chiesa viva において「パデルニョーネの新教会はメイソンのサタニックなテンプルだ!」と大々的にぶちあげる。(PDF-it
同年同月: パンテギーニ氏は直ぐさま、それに対する反論/弁明を Chiesa viva に送付する。「私は驚きをもってあなた方の記事を読みました……云々」。Chiesa viva は再び特集号を組み、パンテギーニ氏のその書簡を世間に(カトリック界に)公表する。(PDF-it
──パンテギーニ氏は行動しづらくなった筈である。
書き過ぎた。ちょっとふらふらであるw
補足。パデルニョーネの教会を手掛けた建築設計の会社は Fabrizio Viola Architetto という。この会社はパウロ6世ホールにも関わっている。パウロ6世ホールは2008年、屋根の全面にソーラーパネルを敷いたが、それを取り付けるための事前の屋根の改修工事をこの会社が手掛けた。他にもあるかも知れない。──物事の流れには「人脈」が伴っているものである。
以上見てきた全ての中に、悪いものの連鎖が見える。勿論、教会の中には善いものの連鎖もある。勿論だ。しかし、今まで、特に悪いものに焦点を合わせて見て来たのである。そしてその上で、私は確信をもって言う……
「教皇様、その人はサタニストです」
「教皇様、その人達は悪魔的な教会を作ろうとしています」
左:上記の建築設計事務所の人
中:パデルニョーネの主任司祭になった人(だろう)
左:上記の建築設計事務所の人
教皇様は慈しみ深く耳を傾けておられるようである。人がいいんだなぁ…
結 語
これで、パデルニョーネの教会について、あるいはモナーリ司教について、一応終わることができる。
しかし、最後に言いたいことは、私のこの一連の記事の意図するところは(そんな偉そうなもんじゃないがw)、ただ二、三の特定のモノや人のことを見て青くなったり赤くなったりすることではなかった、ということである。そうではなく、多くのカトリック信者が「半信半疑」でいるところの、それに対して曖昧でいるところの、Ecclesiastical Freemasonry、Ecclesiastical Occultists、あるいは Ecclesiastical Satanists(英語には自信がないが)、そのようなものが本当に居るのだと、本当に在るのだと、はっきりと打ち出したかったということである。
そのためにはどうしても一つの具体例に固着しなければならなかった。それにこだわり、それに粘着し、少し深めに調べる他はなかった。(他にどんな方法があるんだい?)
つまり、要するに、「これはこの事だけ、この事例においてだけ」と思われちゃ、困るのだ。一つの小さな具体例から、田舎の取るに足りない小さな教会の事例から、もっと大きな、現在の「カトリック界」や「バチカン」などにおける真実を見なければならない。(見れるのだから)
私達は今回のこの小さな種から分かる。
敵は外にも居り、また内にも居るのである。それも、全くの敵が、である。
典拠
これらパデルニョーネの教会に関する情報は、ほとんど全くと言っていいほど Chiesa viva の次の二つの号から得ました。ヴィラ神父様とその同志の方々に感謝します。
・『パデルニョーネの新教会はメイソンのサタニックなテンプルだ!』(PDF-it
・『ルイジ・ヴィラ神父とは誰?』(PDF-it)(PDF-en
それから、先日アップしたペコレッリのリストもこれらからのものです。
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