2011.06.05

醜いサグラダ・ファミリア

どうでもいい記事
じめじめした虫の巣か?
..と、「サタンの煙: パウロ6世ホール 1」で書いた。
が、以前も書いたけれども、私にとって「虫の巣」を連想させるものがもう一つある。スペインのサグラダ・ファミリアである。
なんて醜いんだ!
サグラダ・ファミリアを退けるためには、ただこの醜さだけで十分だ。が、一応言えば、ガウディは「フリーメーソンだった(かも)」という噂のある人である。
そして、ここでもう一つのものが連想される。それは例のニューヨークの聖ヨハネ大聖堂(参照)である。これは上と違い、「噂」ではなしに、完全且つ明白な形で「フリーメーソン製」であることが確認される。
ところで、サグラダ・ファミリアも、聖ヨハネ大聖堂も、二つの共通した「大きさ」を持っていると思うのである。
一つは勿論、建物それ自体としての大きさ、「巨大さ」である。両方とも文字通り世界で屈指の巨大さを誇っている。「超」の付く大伽藍だろう。
二つめは、「時間」と「構想」における「壮大さ」である。
サグラダ・ファミリアの着工は1882年。しかしまだ出来ていない。
聖ヨハネ大聖堂の着工は1892年。しかしまだ出来ていない。
どちらも百年単位の工事期間を、馬鹿馬鹿しくも誇っている。
この二つの建造物は、共通して、これらの「大きさ」によって目立つ存在になっている。まるで19世紀から21世紀までを「石工の世紀」にでもしたいかのように。
しかし多くの人々が、おそらくは彼らの狙い通りに簡単に幻惑され、これらの「大きさ」の前で思わずのけぞり、こう言う。「すご〜い」
しかし、そんなものは本来、「美」とは何の関係もない。
サグラダ・ファミリア(聖家族贖罪教会)は、その内部で行なわれること(典礼)はともかくとして、その「建物」は、「聖家族」とは何の関係もない。
サグラダ・ファミリア関係のウェブサイトには、この二つが並んでいる。
しかし、なぜ、どうして、そんなことがあり得ようか。
この二つの間には何の関係もない。
友好関係にあるのは、むしろこの二つである。
ところが、教皇様は2010年11月7日、この建物を献堂なさり、しかも「ガウディと神との結びつき」を認めるお言葉を述べられたようである。
よして下さい、である。一応。
ベネディクト教皇様は良い教皇様だ。しかし、それでも、テイヤール・ド・シャルダンをお誉めになったり(参照)、ガウディをお誉めになったりで、どこかズレておられる。
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