2011.12.31

「自由・平等・友愛」 に対して明白に好意的であったヨハネ・パウロ2世教皇様 6

前教皇様のことを「責める」ためではなく、あくまで天主様の御心を訪ねるために最近の一人の(しかし傾向が顕著な)教皇様の御事を検討させて頂きます。
「フリーメイソンの人達も父なる神の息子です」
不確実情報
更に、ある(不確実な)情報によれば、ヨハネ・パウロ2世教皇様は「フリーメイソンの人達も父なる神の息子です」と言ったそうである。
ある情報とは、教皇座空位論者の Patrick J. Pollock という人が提示しているものである。彼は『ヨハネ・パウロ2世の101の異端』という題の eBook(電子書籍)を出しておりLULU PRESS、Web でもその101の項目を公開している。(101とは何となく思わせぶりだが。)
これはイタリア語やスペイン語にもなっている。
中には「ヨハネ・パウロ2世の言葉」とされる眩暈がするような言葉が並ぶ。
その中の14番がそれである。
Masons are sons of God the Father. (LOR, 05/22/1984)
(LOR とは「オッセルヴァトーレ・ロマーノ英語版」の略ということである)
しかし、私はその新聞記事を確認できなかった。
それどころか、ヨハネ・パウロ2世教皇様に批判的なサイトは幾らでもあるが、このことに言及しているのは Pollock 氏ただ一人のようである。若干、不自然を感じる。が、それは単に他の人達が古い新聞記事をチェックする手数を省いているだけなのかも知れない。
引用文が短過ぎて、前後関係が全く分からない。しかし、前後関係が分からなくてさえ、この文の主語が「Masons」であることに注意しなければならないかも知れない。私は英語の感覚がよく分からない人間だが... これはフリーメイソンの組織や思想についてというよりも、それに加入している個々のに焦点が向けられた発言だったかも知れない。確かに、聖父は、最も根底的な愛において、全ての被造物を愛しておられるだろう。どんなものも滅んで欲しくないと思っておられるだろう。そして、私には、そのような「最も根底的な(?)愛」の強調は、ヨハネ・パウロ2世教皇様にかなり顕著な傾向だと思うのである。
(しかし、「根底的」=「最終的」では決してないだろう。)
私は Ecclesiastical Freemasonry(教会内フリーメイソン)という概念を受け入れる者である。オッセルヴァトーレ・ロマーノの中にも教皇様の発言を歪曲(捏造とまではいかなくても)する人間がいるかも知れない、と考える者である。しかし、この場合は、教皇様が実際にその言葉を出した可能性があるような気がする。それが、おそらく、ヨハネ・パウロ2世教皇様の「愛」の観じ方であるが故に。(「愛」は厄介だ。)
彼は、問われればこう答えるのではないだろうか。「確かに、カトリック教徒がフリーメイソンに入会すれば破門となります。しかしそれでも、天主様は全ての人々を愛しておられます。御子は全ての人々のために御自分を捧げられたのです。そして、その『全ての人』の中にはもちろんフリーメイソンの人達も含まれます」と。
それは、ある意味では、正しいのだろう。けれど、それでも、もし彼が本当に「Masons are sons of God the Father」という “言葉の選び” をしたのだとしたら、「教皇」としては、やはりどこか “変” である。
しかし、今まで見て来たように、彼があれほど「自由・平等・友愛」という言葉を何の警戒もなく使うのであれば、彼が「フリーメイソンの人達も父なる神の息子です」ぐらいのことは言った可能性があるのではないかと思う。(捏造者、歪曲者が居たなら、教皇様に平身低頭お詫びしたいが・・・)
そして、近年の教皇職においては、「カトリック教徒のフリーメイソン入会者の破門」は「再確認」しても、「カトリック外のフリーメイソン員」に対してはただ「同朋愛」で対するのかも知れない、と思う。
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