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2014.01.04

司祭の心を迷妄に導く現代世界憲章 Part 1

非現実的

 今回は糸永真一司教様(お顔)のことです。しかし、彼と池長大司教様はおっしゃることが非常に近いです。彼もまた思いっきり「万人救済」的なことを言っています。

風船司祭

 彼は現役を退いておられるので、私は初め、彼の個人名を出さずに筆を進めていました。けれども、最終的にその方針を改めました。「司教」は現役を退こうと「司教」です。そして彼は、その高い位から、多くの人々が見るネットの世界で、今も信仰について書いています。そのような意味では、彼は今も現役です。だから、私は個人名を出すことにしました。

 今回言いたい事はこうです。
 或る種のインテリというものは「高度な神学」によって聖書の土壌(まっとうな読み方)から離れるばかりでなく「現実」からも離れるものである。

 では、糸永司教様の御文章から一部を引用させて頂きます。
 あなたはこの文章が何を言っているか「現実的に」分かりますか。

2-キリストは人間の高貴な召命を明らかにした

すなわち、人間となってこの世に来られた神の子キリストは、そのこと自体によって人類に結ばれた真の人間である。公会議は言う。「神の子は受肉することによって、ある意味でみずからをすべての人間と一致させた」(現代世界憲章22)。そしてキリストは、結ばれた人間を代表して罪を償い、神への愛を貫いて復活し、神のもとに帰ったのである。つまり、キリストを通して人類はすでに根源的に救われており、その高貴な召命を全うしたのである。残るのは、この救いが一人ひとりの人間に適用されて、一人ひとりがキリストを信じて神の愛にこたえ、命を神と人とに捧げて人生を全うすることだけである。

 神の子キリストが人間となってこの世に来られたこと、つまり受肉したことは──現実(事実)である。
 この文章の中で、それ以外の部分は──解釈(概念)である。

 果たして、その「現実」から、これ程までの内容を持った「解釈」が出て来ていいものだろうか?

 現代世界憲章に依れば、天主の第二位格である御子が受肉したという事実それ自体によって「全ての人間」が〈ある意味で〉「御子と "結ばれた (united) "」のだそうである。
 それが本当であれば重大な(光栄な)事であるから、是非とも〈どういう意味で〉「全ての人間」が「御子と "結ばれた"」のかを説明して欲しい。
 公会議がこれについてどんな明瞭な説明をしているのか、私は知らない。しかしとにかく、私はこの一文──「神の子は受肉することによって、ある意味でみずからをすべての人間と一致させた」──の不明瞭さにムカムカする。

 糸永司教様が説明しているのは御子の受肉ばかりでなくその贖いの御業と御復活を含めてのことである。それに依れば、御子の受肉・贖い・復活によって「人類はすでに根源的に救われており、その高貴な召命を全うした」のである。

 私の "ムカムカ度" は上がる一方である。
 司教様の言葉は全く非現実的な言葉である。
 謂わば「象牙の塔」の「机上の空論」である。
 高度な「神学的妄想」である。

 神学先生という人達は何を考えているのか分からない。
 彼らは謂ゆる「地に足を付ける」ということが出来ていない。
 全く現実離れしている。

 しかし、彼らが安心して現実離れしていられる理由がある。
 それは、彼らが「秘義」という言葉を持っているからだ。
 「秘義」とは「隠された真実」のことだという。
 彼らはそれによって、私達の現実の中のどんな酷い事を見ても、「人類は既に総体的に救われている」とか何とか言い張ることができるのである。「見えない、隠された真実」に於いてそうなのだから、彼らが現実に何を「見る」かには関わりがないというわけである。

眠った頭というのはど突かれなければ目覚めないものである

以下、残酷な写真には画像処理を施した。

つまり、彼らは、

この世にチカチーロみたいな奴が居ても、

アンドレイ・チカチーロ

Wikipedia

 アントン・ラヴェイみたいな奴が居ても、

アントン・ラヴェイ

Wikipedia

その他、数多のサタニストが居ても、
猟奇殺人者・快楽殺人者・儀式殺人者が居ても、

(「私はそのようなものについてはよく知らないのです」と普通の顔して言わないで下さい。キリストの弟子たる司祭が何故この世の悪やキリストの敵についてそんなに知らないんですか。)

クリスチャン家庭の幼児の首を刎ねる者が居ても、

The Blood of the Innocent: Syrian Children Murdered and Christian Girl Beheaded

カトリック女性を焼き殺す暴漢達が居ても、

20 Year Old Rajni Burnt to Death
"'Father They Are Going to Burn Me": Rajni's Last Words  
みこころネット

(もちろんクリスチャンの犠牲だけが問題なのではない)

凄惨な大量虐殺が起こっても、

Wikipedia 「ルワンダ虐殺」

切りがない。上は「氷山の一角」である。
しかし、要するに彼らは、
この地上に、この「現実」に、たとえ
どのような者が居ても、どのような事が起こっても、
言うのである、言い張るのである──

(キリストの受肉の秘義によって)

人間性はわれわれにおいても崇高な品位(divine dignity)にまで高められた。

 と!(約二千年前に全人類の人間性は高められ済みなのである!)

神の子は受肉によって、ある意味で自分自身をすべての人間と一致させた。

 と!(ここに於いて「一致」という言葉はどんなに安っぽく扱われていることだろう!──人類が直面し続けている「現実」を見る時。)

寝言!

お坊ちゃんたち、お坊ちゃんたち、

悪魔が笑っている!

アンドレイ・チカチーロ

"高められた" 一人であるアンドレイ・チカチーロ!

一例に過ぎない

上の二つの言葉は「現代世界憲章 22」からだった。
そして、第二バチカン公会議の「高度な神学」に
学んだらしい糸永司教様は言うのである──

(キリストの秘義=人間の秘義によって)

キリストを通して人類はすでに根源的に救われており、その高貴な召命を全うした

と!(既に「全うした」んである。「全人類」が。「根源的」に。)

一体どこに目を付けてやがるんだ!?
(お尻にか)

 私の乱暴な口調と発想を許して欲しい。さもなくば、いつものように言うことだ、「とてもカトリック信者の言葉とは思えません」とか何とか。私はそのようなものにはもうかなりウンザリだ。お坊ちゃんたち。

 もう一度上の惨事を見て欲しい。そして主イエズスがこの世を去られて以降の人類世界に起こった数々の悲惨・残酷を通暁して欲しい。あなたにだって「目」はあるだろう!

 それでも駄目なら、あなたをあらゆる凶悪犯罪者が集っている牢屋に入れようか? あなたがオシッコをちびりながらその「高度な神学(世迷い言)」から醒めるために!

一見良さそうに見えるがあなた方を現実を知らない子供のようにしているそのガラガラ(子供をあやすオモチャ)はどこから来たのか?

「侮蔑的だ」なんて言わないで欲しい。事実なんだから。

 この先はほとんど "くどい" だけである。重複あり。

 現代世界憲章の言葉
「人間性はわれわれにおいても崇高な品位(divine dignity)にまで高められた」

 この「われわれ」とは、この文の前の箇所に「アダムの子ら」とあるところからすると下欄参照「全人類」を意味するらしい。であれば、これは「人間性は全人類においても崇高な品位(divine dignity)にまで高められた」という意味である。そしてそれは完了形で叙述されている。
(英語では「has been raised up」と現在完了形である。しかし、英語に於いて、過去形も、現在完了形も、過去完了形も、《その行為自体は過去に完了している》という点では変わりがない。だから上の日本語訳は間違っていない。)

 現代世界憲章の言葉
「神の子は受肉によって、ある意味で自分自身をすべての人間と一致させた」
 これはハッキリと「全人類」のことを言っている。やはり完了形である。(現在完了形「has united」)

 であるならば、上のチカチーロなども「すべての人間」に含まれるのだから、彼も〈ある意味で神の子キリストと一致せしめられた〉一人なのである。そしてその他のあらゆる猟奇殺人者・快楽殺人者・儀式殺人者もそうなのである。彼らもまた天主・御子の受肉・贖い・復活によって「人間性が崇高な品位(divine dignity)にまで高められた」者達なのである。

 私は全てのカトリック聖職者に言いたい。
 あなた方はいつ言葉」の持つべき「現実性というものを考えるのか?
 目をこすってよく見て欲しい。「ある意味で」か何か知らないが、ここでは「一致」という言葉がどれほど安っぽく使われているかを!

 私はこんな軽口をたたきたくなる。
 私は母の胎から生まれた。私と母は近い関係だ。それにも拘わらず、私は日々、自分と母が多くの点で「一致」しないのを見る!
 私と母の間にもその便利な「秘義」とやらがあったら良かったのに!

 とにかく、現代世界憲章のそれらの言葉は限りなく空疎である。現実と接触のない "浮ついた" 言葉である。それは「高度な神学」だろうか? 否、ただ「テキトーな言葉」であるだけである。

 そんなものを担いでいる糸永司教様はおかしい。
 司教様はそれを担ぎ、ご自身の言葉としてこう言うのである。
「キリストを通して人類はすでに根源的に救われており、その高貴な召命を全うした」
 これも完了形である。

 以上、糸永司教様のお言葉(と現代世界憲章の言葉)の「非現実性」についてでした。
 次は、同司教様のお言葉の「非論理性」について。

 現代世界憲章は次の場所で読める。CLICK
 サイト制作者がどのような人であるのか、私は知らない。
(序でに言えば、現在のカテキズムはここで読める。UTF-8)

 また、現代世界憲章の英訳版はバチカンのサイトで読める。CLICK

 今回問題視した現代世界憲章の箇所をここに抜き書きしておく。

現代世界憲章(Gaudium et Spes)22 から

 「見えない神の像」(コロサイ 1:15)であるかた自身が完全な人間であり、最初の罪以来ゆがめられていた神の似姿をアダムの子らに復旧した。人間性はキリストの中に取り上げられたのであって、消滅したのではない。このこと自体によって、人間性はわれわれにおいても崇高な品位(divine dignity)にまで高められたのである。事実、神の子は受肉によって、ある意味で自分自身をすべての人間と一致させた。キリストは人間の手をもって働き、人間の知性をもって考え、人間の意志をもって行動し、人間の心をもって愛した。かれは処女マリアから生まれ、真実にわれわれのひとりとなり、罪を除いては、すべてにおいてわれわれと同じであった。

 He Who is "the image of the invisible God" (Col. 1:15), is Himself the perfect man. To the sons of Adam He restores the divine likeness which had been disfigured from the first sin onward. Since human nature as He assumed it was not annulled, by that very fact it has been raised up to a divine dignity in our respect too. For by His incarnation the Son of God has united Himself in some fashion with every man. He worked with human hands, He thought with a human mind, acted by human choice and loved with a human heart. Born of the Virgin Mary, He has truly been made one of us, like us in all things except sin.

 戻る(「アダムの子ら」についての言及箇所に)

 「崇高な品位」は英訳版では「divine dignity」である!
 とうとう人間は「divine」が付く存在に成りおおせたのである。
 まさに歯の浮くような究極のお世辞!
 このお世辞に喜んで踊らされているのは誰か。

現代世界憲章 (Gaudium et Spes)

日本語版全文(外部サイト、タイプミス多し)

各国語版入口(バチカン公式サイト)

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