2015.05.12

香部屋での着衣の祈り
Vesting Prayers in sacristy

Part 1

「教会内の教会の敵」の “やり口” は、「省略」や「廃止」だけではありません。もう一つは、それまで「義務的」であったものを「選択的(optional)」なものに、やってもやらなくてもいい「任意」のものに変えることです。

その一つの例がこれです。
(勝手に引用すると怒られるかな?  なにとぞ、お許しを)

>ひと昔前までは香部屋で祭服を身にまとってひと跪きして祈ってからごミサに臨まれていた神父さまも多かったと記憶しているのですが。

そういえば祭服を着るときの祈りの文を唱えなくなったよなぁ。うちの師匠が、昔、赴任していた教会に舞い戻ったとき、貼り付けてあったラテン語の祈りの文がはがされている!!!!と怒りまくっていた。

Vesting Prayers Card

コメント82番

それはいつ「義務的」なものではなくなったのか。
やはり「第二バチカン公会議を境に」のようです。

教皇儀典室顧問のマウロ・ガリアルディ(Mauro Gagliardi)神父様の御文章から:

これらの祈りは、パウロ6世が公布した通常形式のミサ典礼書に於いてはもはや義務的なものではない(禁じられているのでもない)としても、推奨されている。…

Even if these prayers are no longer obligatory (but neither are they prohibited) by the Missal of the ordinary form promulgated by Paul VI, their use is recommended since they help in the priest's preparation and recollection before the celebration of the Eucharistic sacrifice.

The Holy See  /  ZENIT

Fr. Jerabek のブログから:

例えば、次は、かつてはチングルム(紐)を着用する時に唱えるのが義務であった着衣の祈りです。

Here, for example, is the vesting prayer that used to be obligatory to recite while putting on the cincture:

Gird me, O Lord, with the cincture of purity, and quench in my heart the fire of concupiscence, that the virtue of continence and chastity may abide in me.

着衣の祈りはもはや義務的なものではありませんそれは任意のもので、しかし「薦められて」います。…

The vesting prayers are no longer obligatory: they are optional and recommended. In fact, I believe they have been included in the latest edition of the Roman Missal.

Father Jerabek's Blog

Fr. Zuhlsdorf のブログの読者コメント欄から:

着衣の祈りについて読んだことがあるんだけど、それは第二バチカン公会議の前までは義務的なもので、全ての司祭によって唱えられていたんだ。

I read about “vesting prayers”, I know that this was mandatory and done by every priest before Vatican II.

Fr. Z's Blog

しかし、いくら「薦められて」いようと、「義務的」なものでない限り、人はやらないものです。「人」とはそういうものです。そして、司祭と云えども、その多くは、その点ではまったく「人」であるものです。
そして、その上に、第二バチカン公会議以降の楽観的な神学が、彼らを後押しします。

では次に、その「着衣の祈り」の内容を見てみましょう。

次へ
日記の目次へ
ページに直接に入った方はこちらをクリックして下さい→ フレームページのトップへ
inserted by FC2 system