2015.10.05

「聖俗」を論ずるのはピントが外れている

カトリック司祭の中には「聖俗」について語る人が少なくないようだが、「どこかピントが外れている」と言われるべきではないか。

それについて考える前に、一つの標本を置こう。

聖なる(べき)教会

長江恵司教

1965年の写真

 司祭や修道者が普通人と同じ服装をしているのを見て、聖職者の俗化だという人もあるそうである。司祭と修道者をまとめて聖職者と呼ぶのは、日本の教会独特の言い方であるが、これは仏教の僧俗の区別になぞらえて聖俗の区別を考えたからであろうか。
 いずれにせよ、聖と俗を対比させれば、聖職者でないものは俗人であるわけであるが、聖書によれば信者はすべて聖(人)であるから、一般信徒はさしずめ聖俗人ということになるのであろうか。(…)

長江恵司教『神学小品集』(1996年) p.47

私は「聖」というものに関してこのような口振りを取る人を信用しない。この書き出しだけで、この人が「聖」というものをそう大して真面目に取る人ではないということが分かるというものだ。私はこの文章のこの先を紹介しようとは思わない。そこには「言葉」というものが、一見、立派な調度品のように並べられているが、真に「信仰的」なものはない。「学者の言葉遊び」のようなものだ。

なぜ、聖俗?

だいたい、長江司教ばかりでなく、カトリック聖職者の中に、この「聖俗」というものについて語る人が少なくないようだが、それがそもそもおかしいと思う。

「聖俗」というのは、単に或る種の「社会論」だろう。
教会内に於ける「身分」とか、その身が置かれた「立場」「環境」とかに関するものだろう。
「彼は聖職にある。我れは俗界にある」と云ったような。

しかし私たちは、何を見るに於いても〈天主の宗教の真の目的〉というものを念頭に置いておかなればならないだろう。

〈天主の宗教の真の目的〉とは何か?
私としては、それは「人々の救霊」だと思う。
(この答えは昨今では流行りでないようだが)

だから、私たちが指標として口にのぼすべきは「聖 - 俗」などと云った対比ではなくて、別にあるだろう、もっと他にあるだろう。

圧倒的に次のようなものでなければならないだろう。
「清 - 濁」。
或いは、「聖 - 汚」とでも。
或いは、「聖 - 罪」とでも。

「聖俗」という言い方で言われる「立場」「環境」の問題でなく、個々人の「霊魂の状態」に焦点を当てた場合──

「聖職者」だからと云って「聖」と決まったわけではないことを──神父様方、心配するな──私たちはちゃんと知っている。

「聖職者」中にも「罪びと」は居り、また大抵の司祭も「聖」と言われるほどのものではないということを、私たちは知っている。

長江司教は「聖書によれば信者はすべて聖(人)であるから」などと簡単に言っているけれども(また “簡単頭” である)、「天主の信者」ではあっても「罪びと」である人があることを、私たちは知っている。(必ずしも他者のことではなく)

また逆に、「俗界」に身を置いているからと云って、その霊魂が「聖でない」「清くない」とは決まったものでないことも、私たちは知っている。

「俗界」に居る誰かの方が、実際問題として、「聖職者」である誰かよりも霊魂の「清い」状態にある場合もあるということを、私たちは知っている(或いは、容易に想像がつく)。

現実がそのように教えているし、また聖書によっても私たちは、「単に “教会の信者になった” というだけでは足りず、首尾如何によっては追放の憂き目に遭う」ということも警告されている(引用の手間を省くが)。そしてこれは「聖職者」と「信徒」の別があることではない。

私たちはもちろん「聖職」を大事にしなければならない。しかし、その “霊的職位” でなく個々の “人間” に焦点を当てた場合、「聖職者」も「信徒」も等しく右の本が指し示しているような世界の下に置かれている。(現代の神父様方はこれにはおそらく決して同意しないだろうが!)

だから、この辺で結論を打っておくと、

私たちにとっては「聖俗」という指標よりも、霊魂の状態の「清濁」という指標の方が圧倒的に大事だ。

もう一度確認。

「聖俗」なんていうのは、単に或る種の「社会論」である。そこをあれこれイジリ、コーサツするなんてことは、ほとんど意義なし。森司教ではない私たちにとっては、ほとんど意義なし。

「神の教会の信者はみな “聖徒” であって、日々、神の王国を目指して順調に旅している」みたいなことを “簡単口調” で言うのは、第二バチカン公会議文書である(引用の手間を省くが)。

それに当てられてか、現代の司祭方の脳ミソは「軽く」なってしまった。

「罪の概念は中世の哲学が聖書の内容を悲観的に解釈したものである、という考えを徐々に刷り込むことによって」

フリーメイソンの雑誌『Humanisme』1968年11月/12月号 より

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