2017.04.05

脱同性愛者たちの証言 ブラッド・グラマー(1)

With God nothing is impossible.
或る必要から、脱同性愛者たちの証言を集めます。Index

この人も「完全に変わりました」と言っています。
この人は今や牧師さんのようで、下に紹介する記事以外でも、私たちが耳傾けるべきことを言っているようです。この人のことは後で再び取り上げるかも知れません。

拙訳、試訳。強調と〔 〕は私による付加。

OneByOne

証し - ブラッド・グラマー

Testimony - Brad

家族写真

Brad Grammer

17年前、私の人生は一つの分岐点に差し掛かりました。私の心の内には、自殺するか、それとも神にもう一度、私の人生を変えて私の人生に意味を与えるチャンスを与えるかの、二つの選択肢がありました。この分岐点に来るまで、私は自分の性的アイデンティティ、鬱病、不安などに苦しんでいました。

Seventeen years ago, my life came to a crossroad. In my mind, I could either commit suicide or give God one more chance to change my life and bring it meaning. Prior to coming to this crossroad, I had struggled with my sexual identity as well as depression and anxiety.

私が男性に惹かれた最初の記憶は6歳の時のものです。自分が成長して女性になり、男性と結婚することを空想していたことを覚えています。自分が結婚したい男性のタイプを考えて、或る特定のイメージを心に抱きました。それは皆、筋肉質で、ハンサムで、自信に満ちた男性でした。

My earliest recollections of being attracted to men is when I was six years old. I remember fantasizing about growing up to be a woman and marrying a man. Specific males came to my mind as I considered the kind of man I would marry. They were all muscular, handsome and confident.

後年、私は、同性に惹かれる自分の傾向は、私の感情と精神に於ける未解決の問題から来ていると知りました。分岐点で私が下した決定は、自分の人生をキリストに委ね、彼に従う、というものでした。私は教会で育ちましたが、20歳になって初めて、キリストが私の罪のために死んだこと、そして彼の犠牲を通してのみ私は永遠の命を得ることができることを真に理解しました〔really understand、つまり、単なる知識としてでなく〕。また、それによって罪が消滅し、弱さが強さに転化し得るところの、聖化のプロセスについても理解し始めました。

Later in life, I learned that these same-sex attractions were manifestations from unresolved emotional and spiritual issues in my life. The decision I came to, at the crossroad, was that I would commit my life to Christ and follow Him. I had grown up in the Church but only at the age of twenty did I really understand that Christ died for my sins and that only through His sacrifice could I receive eternal life. In addition, I began to understand the sanctification process, whereby sins could dissipate and weaknesses could be transformed into strengths.

しかし自分のセクシュアリティの問題については、それがどのように変わり得るのか、私には皆目分かりませんでした。実際、私は、自分の性的欲望が変わる可能性があるなどとは、本気にしていませんでした。それで私は、独身主義を心に決め、自分の残りの人生を同性への欲望と共に生きることにしました。私は個人が同性愛から脱するのを助けるミニストリーと結びついておらず、カウンセリングに行くなどということは私にとっては恐ろしいことでした。それで私は、自分のエネルギーをキリストとの関係を深めることに集中させました。神は私のために特別な計画を持っていました。彼は私のもとに、どんな同性愛の兆候もなしに私と親交を結んでくれる、“親密ではあるが清い関係” というものがどのようなものかを私に身をもって示してくれる男性たちを送ってくれました。そのような男性たちとの10年以上の親交を通して、神は私に、取り組まなければならない未解決の問題に気づかせてくれました。当時、旅の途中で私を助けてくれるミニストリーは私の近くになかったけれども、神は人との関係を通して同様の働きかけをして下さいました。その関係の中に、今日数多くある ex-gay ミニストリーにあるのと同様のプロセスがありました。私の人生に於いて、キリストの体〔教会? 信徒の交わり?〕が癒しの場になりました。その結果、私の性的欲望は同性愛から異性愛へと完全に変わりました現在、私は結婚し、2人の子供を持っています。

However, when it came to my sexuality, I had no idea how this was going to change. In fact, I didn't really think there was a possibility of changing my sexual desires. I made a commitment to celibacy, choosing to live with these same-sex desires the rest of my life. I was not connected with ministries helping individuals transition out of homosexuality, and going to counseling was a scary prospect. So I focused my energies on growing in my relationship with Christ. God had specific plans for me. He brought men into my life that loved me and modeled for me what it meant to be both godly and intimate, without any hint of homosexuality. Through my close relationships with these men over a period of ten years, God brought up the unresolved issues in me that needed to be addressed. Although there was no ministry around at that time to aid me in my journey, God did the same work in my life through relationships, a process analogous to many ex-gay ministries today. The Body of Christ became the instrument for healing in my life. The result was a complete change in my sexual desires from homosexuality to heterosexuality. Today I am married and have two sons.

それ故、教会が同性同士の結びつきを祝福したり、同性愛を実際に生きている人を牧師に任命したりすることは、私にとっては(また私のような人々にとっても)、私が自分の人生で経験した変容は嘘だったと、そして現在の私は明らかに否定されるべき不健康な状態にあるということを意味することになります管理人注1。しかし、上で言ったように、私は、自分の性的指向が変わるなどとは夢にも思っていなかったのです。しかし神が、私の人生のその部分を変えて下さったのです!

For the Church to make a decision to bless same-sex unions or ordain practicing homosexuals is to communicate to me, and individuals like me, that the transformation in my life did not happen and that I am obviously in an unhealthy state of denial. As I mentioned above, I did not even know that it would be possible to change my sexual orientation, but God transformed even this area of my life!

教会が同性同士の結びつきを祝福したり、同性愛を実際に生きている人を牧師に任命したりすることは、人々から「変化は可能である」と考える〔検討する〕機会さえ奪うものです。私はかつて一人の「のけ者」でした。同性愛の欲望を持っていたからです。しかし、もし教会が基準を変えるならば、私は再び「のけ者」になります。私の経験は顧みられないでしょうから。しかし私たちは、聖書の真理に立ち返り、「神にはすべてのことができる」(マタイ 19:26)と信じる必要があります。神だけに望みを置きましょう。彼が聖書で性的問題について明言しておられることに忠実に留まりましょう。

To allow for same-sex unions and ordination of practicing homosexuals in the Church is to prevent the opportunity for individuals to even consider that a change is possible. I was an outcast once because I had homosexual desires. If the church changes its standards, I would return to being an outcast in the Church again because my experience would be invalidated. We need to turn to the truth of Scripture and believe that "With God, all things are possible" (Matthew 19:26). Let us keep our hope in God alone and remain faithful to what He has made clear in Scripture in regards to sexuality.

ブラッド・グラマーは、インディアナポリスの Exodus referral ministry管理人注2の責任者であり、OneByOne Speakers Bureau のメンバーです。

Brad Grammer is director of an Exodus referral ministry in Indianapolis and a member of the OneByOne Speakers Bureau.

[管理人注1]   つまり、もし彼が「同性愛者として生まれついた」ものなら、現在彼が妻を持ち、異性愛者として生きていることは、彼の元々の性情を不当に抑圧しているか曲げているかしているということになるから、それは「不健康な状態」であると考えられる──という意味。

[管理人注2] 「Exodus referral ministry」とは2013年に一人の怪しげな “会長” によって閉鎖された「Exodus International」に関係するものだろうか。だとすれば、OneByOne の記事にはアップ日時が表示されていないのが常だけれども、この記事は2013年以前のものだろう。

「罪の概念は中世の哲学が聖書の内容を悲観的に解釈したものである、という考えを徐々に刷り込むことによって」

フリーメイソンの雑誌『Humanisme』1968年11月/12月号 より

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