2017.05.15

「自分は人間のことを知っている」と自惚れた
全ての科学者の惨めさ

私は「オカルト好き」なのではありません。私がこういうものを取り上げるのは、「善も、悪も、本当は “超自然” の観点から見られねばならない」と信ずるからです。(聖パウロが言っているように。参照

以下は、マラカイ・マーチン神父が取材して書いたエクソシズムの記録(小説仕立てですが)『悪魔の人質Hostage to the Devil』の中の「ケースⅢ  女になりたかった男」の最後の方です。

読み易いように多少改行位置を変えました。段落の頭の字下げも省きました。〔  〕は私による付加。色文字による強調も。

ジェラルド: このエクソシズムを執行した司祭。
リチャード=リタ: このエクソシズムの対象。憑霊された人。
ドクター・ハモンド: このエクソシズムに付き添った精神科医。

pp.236-237

体がだるくなるような沈黙の時が過ぎ、ジェラルドが悪霊からの直接の反応をほぼあきらめかけた時、なにか声のような物音ではあるが、彼にはまったく聞き分けられない音が聞こえ始めた。最初彼は、人々が集団で断わりもなくレイク・ハウスの芝生に入りこみ、表の窓の近くに押し寄せて来たのだと思った。しかし、彼がその方角に耳を澄ますと、音はリチャード=リタから出てきているようにも思え、家の裏から聞こえてくるようでもあった。彼は、数人の声が同時にしゃべり、黙り、またしゃべり、笑い、時折唸り、ばかにするように叫びさえするのをはっきりと聞き取った。男と女の声が入り混じっているようであったが、女の声の方が大きいように思えた。やがてしゃべり声は、全員家から遠ざかったかのように消えて行った。

ジェラルドはリチャード=リタを見つめた。リチャード=リタは静かにじっとしていた。ジェラルドが話し始めようとした時、またしゃべり声が聞こえてきた。今度は部屋の中でしゃべっていたが、どこから聞こえてくるのか見定めがつかなかった。リチャード=リタから聞こえてくるのかと思うと、ジェラルドの背後からのようにも思えた。彼が振り向くと、声はリチャード=リタの方からやって来るようであった。しゃべり声が部屋中を勝手に漂っているかのような感じであった。アシスタントたちはこうした薄気味の悪い現象に対処する備えができていなかった。ジェラルドに悪魔祓いの充分な経験や知識がなく、彼らに細かい注意が与えられなかったからである。思わぬ出来事で緊張した彼らは脂汗をかき、震えるばかりであった。

ドクター・ハモンドの反応は、事情が事情でなければ、滑稽きわまるものであった。ジョン神父が後で語ったところによると、精神科医は「いつもの仕事」といった、厳粛な、無表情な職業的表情で、目をこらし、ノートを取り始めた。やがて彼はノートを取ることをやめ、表情も、最初の柔和な職業的顔つきから、信じ難いといった顔に変わり、それから苛立たしさを示し始めた。それはあたかも自分がとんでもない冗談にひっかかっていると言いたげな表情であった。しかし最後には、初めて理解し難い、奇妙なものに遭遇し、恐怖のために正気も意識も失いかけた人のように、蒼ざめた顔になった

(…)

pp.247-END

ジェラルドは知りたいことは言わせたと判断した。悪霊は申し分なく鎮圧され、屈服した。残るのは追放だけである。

「天にまします主なる神よ、主の独り子なるイエス・キリストと聖霊の名において、願わくは主の僕たるこのリチャードを、隷従の苦難と悪霊の不浄なる憑依より救いたまえ」

ジェラルドは祈りを唱えている間、天井を見上げていた。祈りが終ると、彼はリチャード=リタを見下ろし、十字架を掲げ、悪魔祓いの最後の祈りを始める準備をした。

ドクター・ハモンドがジェラルドの耳元でせがむように囁いた。「神父、ここでやめないでくれ。私に専門的立場から二、三の質問をさせて欲しい」

ジェラルドは精神科医というものが気に入らなかったし、特にこの男にはなにかとはた迷惑を感じていたが、彼を恐れてafraid forもいたのであった。

ジェラルドは痛みをこらえて向きなおり、しわがれた声であわてて言った。「どうかドクター・ハモンド、あなた自身のためにも黙っていて下さい。手を出さないで欲しい。あなたには分っていないのです、なにをあなたが……」

しかし手遅れだった。ドクター・ハモンドはすでにリチャード=リタの横へ近づいていた。彼は寝台の端に腰を下ろすと、静かな説得の口調でしゃべり始めた。

「さあ、リタ、もう先は見えてきた。もうすぐ終りだ。君はじきに落ち着くだろう。恐がることはなにもない。私の質問に答えてくれ。そうすれば君は目が醒めるだろう」

リチャード=リタが身動きをやめ、静かになった。口許のあたりがゆるみ、表情が和[なご]やかになった。ドクター・ハモンドも最初は緊張気味であったが、寛ぎ始めた。精神科医にこうした行動を許したのはジェラルドの手落ちだった。経験豊かな悪魔祓い師ならば決してこのような出過ぎた、危険な干渉を許さなかったであろう。悪魔祓いそのものがまったくの水の泡になるかもしれないばかりでなく、無知なくせに一触即発の悪に手を伸ばし、触れるような軽率な人間その人の命にかかわってくるという点でも、これは危険であった。事実、ドクター・ハモンドは、ある意味で致命的な事態に巻きこまれるのである。

ドクター・ハモンドが話しかけると、突如として気の遠くなりそうな静寂があたりを支配した。苦痛と騒音と呻きと緊張が長く続いた後で訪れたその静寂の中で、だれもが不可解な気持になった。一人、また一人と、アシスタントたちは次々に頭を上げた。しかし、紺のビジネス・スーツに身を固め、眼鏡をかけ、ジェラルドの警告を無視して、自信ありげにリチャード=リタの寝台に近づき、わけ知り顔でリタに話しかけているドクター・ハモンドの、いかにも専門家らしい様子を目にすると、警察署長が後で述懐するように、「結局のところ、事態は思ったよりも正常なのかもしれない」と、だれもがそう思ったのであった。

しかし、ジェラルドが感じたのは、邪悪なる現存者の上昇liftingではなく、移行shiftであった。ドクター・ハモンドは、ジェラルドが四週間半ほど前にはまったのと同じあの罠に、はまったのである。しかもドクター・ハモンドの防御の手立ては、あの時のジェラルドの手立てに比べてさえ、遥かに、途轍もなく貧弱であった。その点を察知して、事態の成行きを恐れ、緊張したのはジェラルドと教師だけであった。

しかし、他のアシスタントたちも突然、一斉に自分たちの気持のゆるみに気づいて、引き締めにかかった。部屋中にみなぎっていた解放感が唐突に消滅したのである。静寂のなかで彼らは耳を澄ました。ある種の変化が起こりかけていた。ジェラルドと教師がいち早く感じとったものを、彼らも今感じとったのである。アシスタントたちの近辺か、ジェラルドのいるあたりか、リチャード=リタの周辺か、どこかで、なにかが変わりつつあった。

遂には精神科医さえもが口を噤[つぐ]み、専門家らしい冷静さを失った。その顔には、話の腰を折られたものが示す戸惑いと腹立たしさの入り混じる表情があった。彼は素早くジェラルドや他のものたちを見やった。警戒するような顔つきになった。専門家の道に入って初めてドクター・ハモンドは実証可能な既知のものとも、あるいはまったく未知のものとも分類できない、自らの能力に余るものに直面したのである。その時彼が気づきつつあったものは、これまで失敗ひとつなく過ごしてきた八年間の研究生活の最も深遠な瞬間でさえ、常に分っていながら決して認めることのなかったものであると、彼は感じた。

しかし、彼に唯一具わっている防御手段は科学的精神であった。そのことを肝に銘じて彼は抵抗し続けた。実証せよ! 事実をつかめ! 吟味せよ! しかし彼には分っていた。実証可能な事実はなにもなかった。あるのは彼に否定のしようがない現実であった。今までの彼ならこれを不条理なるものの所産として片づけたかもしれない。しかし、それは今や一切の理性を越えた現実のように思われた。しかも彼にはそれが常に分っていたのである。

やがて彼ら全員の耳に物音が聞こえ始めた。最初は群衆のざわめきに似た音であった。群衆が遠方で足を踏みならし、叫び、わめき、吠え、嘲笑し、しゃべり、口笛を鳴らし、ぶうぶう言っているような、かすかな物音であった。音のしてくる方角は定かでなかった。教師は窓越しに池の方を見た。木々が静かに風に揺れていた。水辺ではあひるが二、三羽よたよた歩いていた。外はまだ明るかった。そのうちに、ざわめきがもっと身近に聞こえ始めた。相変わらず混乱した物音ではあったが、支配的な調子とも言うべきものが感じられた。避け難い悲しみを嘆くような調子であった。悪魔祓いの録音テープでその音に耳を傾けていると、音が大きくなるにつれて、苦悶の群衆が拷問の呻きと絶望的な抗議の声をあげているような感じが深まってくる。群衆が跪き、後悔の念にさいなまれて泣き叫んでいるような音、間断のない刑罰の鞭に叩かれる痛みに悲鳴をあげ、呻く音、断罪され、全身の苦痛に震えあがる獣のように吠える音、かつてないほどに非情な責め苦に会って泥まみれになりながらじたばたしているような音──そうした音に似ている。

そうしたざわめきよりもひときわ高く、ざわめきの合間を縫って絶えず響きわたる女の悲鳴があった。あらゆるざわめきを糾合するその甲高い叫び声は、苦痛と絶望を思い切り叩きつけるかのように、ある時は強くある時は弱く、大きくうねりながら響き続ける。

ジェラルドがふと気がつくと、だれもが腰を屈めていた。まるで部屋の上層をなにか危険なものが通過しているような具合であった。上層になにか見えていたわけではなかった。

ドクター・ハモンドは金縛りになったように寝台の端に腰かけたままであった。リチャード=リタの唇は青ざめ、目が虚ろに開いていた。付添いの医者が彼の横へ行って脈を取ろうと手首をつかんだ。その手首がひどく冷たかった。脈はあったが、弱っていた。

「このまま続行するわけにはいきません、神父」 ジョン神父が医者を代弁してジェラルドに叫んだ。「彼はだいぶ参っています」

「もう少し! もう少しだ!」 ジェラルドが叫び返した。しかし、彼が言いたいことを言う暇がなかった。精神科医の挙動に気を取られたからである。ドクター・ハモンドは寝台からそっと離れ、リチャード=リタに背を向けたまま、首をひねってジェラルドの方を見ている。事態がやっと呑みこめたという目つきであったが、手から落ちたノートに気づかなかった。精神科医を含めてだれも、その場に張りつめている苦痛と後悔の蜘蛛の巣をふり払うことができない。

すすり泣き、悲嘆に暮れたようなざわめきのうねりがついに絶頂に達した。リチャード=リタの顔はまっ赤になり、腕や首に赤い斑点や筋が浮き出し、目まで充血している。彼はなにかしゃべろうとしていた。

ジェラルドは警戒した。なにかがやって来ようとしている。急いで最後の挑戦をしなければならないと彼は感じた。

「イエスの名において、汝に神のこの被造物より去ることを命じる。リタから出て行くのだ。跡形もなく消え失せろ……」

突然リチャード=リタが鼓膜が破れるほどの悲鳴をあげた。「我らは行く。神父よ、我らは去る」 未来永劫にわたる苦患に苦しむ無数の人々のざわめきに似た声であった。「憎しみを抱いて我らは行く。我らの憎しみは変わることなし。我らは汝を待つ。汝が死に至れば、また会うことになろう。我らは去る。だが」──憎しみを吐き捨てるような、シュッという鋭い音をジェラルドは聞いた──「我らはこの男を道連れにする」 リチャード=リタが突然両手をドクター・ハモンドの方へ突き出した。素早いけれどもぎこちない動作であった。

ハモンドは跳び退いた。リチャード=リタが寝台から床へ倒れ落ち、そこへアシスタントたちが跳びかかって、彼を押えこんだ。

「この男の魂はすでに我らのもの。我らのものだ。汝に手出しはできない。すでに我らのものだ。この男は我らのもの。我らはこの男のために戦う必要もない」

リチャード=リタは首を締められたもののように喘ぎ、目をむき、なんとか起き上がろうと鎌首を持ち上げ、長い髪をふり乱し、胸をはずませた。「この男を取り戻せはしない。この男は我らのもの。我らの代理。この男は穴など要らない。この男はだれでもかれでも穴に押しこむ」

ドクター・ハモンドはすっかり冷静さを失っていた。その顔は恐怖でひきつっていた。

「ここには……ここにはもういられない」 その声はまだリチャード=リタから出ていた。しかもその声には消し難い苦痛と苦渋にみちた調子があった。「ここにいると苦しすぎる。どこへ行ったらいいのか……」 声はしだいにかぼそくなった。

リチャード=リタは押えつけているアシスタントたちを蹴ったり、ひっかいたりした。そのうちにまた悲鳴をあげ始め、悲鳴が長々と尾をひきながらかすれていくと、かすかなざわめきが部屋に充満し始めた。ざわめきは渦を巻くようにしだいに高くなったかと思うと、突然、手負いの雄牛の鳴き声のような低音に変わった。そして、ゆっくりした足どりで遠ざかって行く。

虐げられた群衆のざわめきのような音、無数の足音のような音、葬列のような重い足どりで、もがき苦しみながら、一歩一歩人間の街から遠ざかり、果てしなく広がる夜の荒野に呑みこまれて行く音──そうした音に取り残されたかのように、一人の女の甲高い叫びだけがまだ響きわたっていた。しかし、その女の叫びも、やがて途切れがちになり、間のびし始め、忘れた頃にまた聞こえだすという具合になったが、ついには二度と聞こえなくなった。

物音が後退するにつれて、リチャード=リタの抵抗もしだいにおさまって行った。緊張のし通しであった人々の心もしだいに和み、一人、また一人と頭をあげ、自分を確かめるようにちょっと体を動かし、それからお互いに顔を見合わせた。彼らは小さな部屋の中で一人一人、自分の足で立っていることに気づくのであった。部屋の中は奇妙に静かであった。しかし、世の中はまだなにも変わってはいなかった。すべてが終って、全員が無事であった。

ジェラルドは精神科医に目を走らせた。彼は片手に眼鏡を持って壁にもたれながら、別の手を顔にあて、だれはばかることなく泣いていた「バート、彼の面倒を見てくれないか」 ジェラルドがそっと言った。

「放っといてくれ。かまわないでくれ」 ドクター・ハモンドが泣きじゃくりながら呟いた。それから彼は深く息を吸いこんで言った。「私は大丈夫だ。かまわないでくれ」 彼はゆっくりとドアの方へ歩いて行き、ドアを開け、それから半身になって振り返り、リチャード=リタとジェラルドを見た。彼は不当に傷つけられたもののような顔つきをしていた。その目は当惑を示していたばかりでなく、なにか話したがっているようでもあった。やがて彼はなにも言わずに向きを変え、部屋から出て行った。彼はジェラルドと後で話をするつもりであった。しかし、今はひどく疲れていて、とても話す気になれなかった。

二十分ほど後、彼らはリチャード=リタを寝台に寝かせた。リチャード=リタは正気を取り戻しつつあった。彼はジェラルドを手招きした。明らかにひどく衰弱してはいたが、意識がしっかりしてきたのである。彼に近づいたジェラルドは、彼が目に笑みを浮かべ、かすかではあるが口もとをほころばせているのを見届けた。

「神父様、私はこの十年間でこんなに気持が楽になったことはありません。私……」

「なにも言わなくていいんだ、リタ」とジェラルドは言った。

「でも、ジェラルド神父、私……、私久しぶりに楽しいんです」

「そのことはいずれ話そう」 ジェラルドは痛みをこらえながら笑顔になって言った。彼の体のあちこちで、またしても血が流れ出し、骨盤のあたりがなにかにちょっとでも触れると、跳び上がるほどに痛んでいた。彼はできるだけ背筋を伸ばし、立ち去るべく向きを変えた。

「ジェラルド神父!」 リチャード=リタはもがくように身を起こし、片肘をついた。彼は窓の外を見ていた。「あの……あの……どうか……私をリチャードと呼んで下さい。もともとがリチャードでした。これからは死ぬまでリチャードで通します」 彼は上目使いにジェラルドを一瞥した。「これからは」──彼はジェラルドに向けた視線を自分の体の方へ移して行った──「これからは、神と……神とイエスを信じます」

彼は話をやめて、なにかを思い出そうとするかのように、虚空を見つめた。やがてまたジェラルドに視線を戻した。「神父様──私は言われました。あるいはあの連中が言うのを耳に挟んだのかもしれません。どちらだか分りませんが、あなたはもう長くは生きられないと……そうなんですか?」 彼はぎこちなく口を噤[つぐ]んだ。

「そうなんだ、リチャード」 ジェラルドは笑おうとしたが、その気になれなかった。体全体が鉛のように重い上に、心臓が今にも止まりそうな気がした。「そうなんだ。私にはしばらく前から分っていた。そうなんだ。しかし、君は気にすることはない。私自身で選んだ道なんだから」

ジェラルドが車道へ出ると、ドクター・ハモンドが車の運転席に坐って待っていた。すでにエンジンがかけてあった。

「今夜は一雨ありそうですな、ジェラルド神父」と彼が言った。幾分緊張気味ではあったが、その声にはこれまでにない誠意と敬意がこめられていた。「事務所へ行くついでにあなたを送りますよ。今夜、忘れないうちにテープに吹きこんでおきたいんです。そうすれば明日タイプしてもらえますから」

ジェラルドは痛みをこらえてなんとか彼の横へ滑りこみ、車のところまで支えてきてくれたジャスパーに手を振って別れの合図をした。

「ところで、ドクター・ハモンド」と彼は陽気に言った。その時車はちょうど大通りに出たところであった。「あなたも悪魔の存在を信じるのかね?」

了。

私たちはこの物語から「科学の限界」「科学者の無知」を確認すると共に「地獄の存在」も確認した方がいいでしょう。このエクソシズムが行なわれた部屋に響いた超自然的な音は実際に地獄からのものだったのだろうと私は思います。録音テープに録られたそうです。

「罪の概念は中世の哲学が聖書の内容を悲観的に解釈したものである、という考えを徐々に刷り込むことによって」

フリーメイソンの雑誌「Humanisme」1968年11月/12月号 より

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