2019.06.27

モンティキアーリとフォンタネッレ 3

私が言いたいことの本質は、既に前回、引用文の前後に書いた短い文章によって書いてしまったつもりである。あれだけで、私の言わんとするところを分かってくれる人は分かってくれるし、分かってくれない人は、たとえあれ以上書いても、たぶん分かってくれない。
ここから先はただ、少しばかり話を広げるだけのこと。

Fontanelle 1966出典1出典2

上はピエリーナ・ジリが聖母の御出現を受けたフォンタネッレの井戸だそうである(井戸と言ってももちろん日本式の井戸ではないわけだが)。司祭たちが見に来たところだろう。
この井戸はやがて整備されることになる。しかし、この時はご覧の通り「草ぼうぼう」といった感じ。(出典2は、この井戸は当時、使われず、打ち棄てられていたようなことを書いている。)
右側に石の階段が見える。ピエリーナはこれを降りながら三度、身を屈めて石の段に接吻したというわけだろう。
そして聖母は、この荒廃した井戸を「おん恵みの泉」にお変えになった。
イタリアの人々はフォンタネッレのことを「イタリアのルルド」と呼びたがっている。

これが整備された姿。

上に礼拝堂ができている。下にあるのが井戸である。

現在は更に整備されたようだ。参照

人々は石の階段を登る時、しばしば跪きながら登るようだ。

The Catholic Travel Guide

ここの作法で階段を登る。私たちが病気の時、簡単なことではない! しかし、私たちは巡礼者だ。頑張って登り続ける。

Climbing the stairs according the tradition here….not easy when we are already sick! But we are pilgrims, so we carry on.

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また書くのか。もうよそうか。ちょっとだけ書こう。

私は巡礼者たちがこうしているそばに日本の神父様方を連れて行きたい。彼らはどんな反応をするだろう。「ええ、これが西洋の習慣なんですね」で済ますかな? 「まあ、分かりますが、日本人には通りの悪いことですね」とでも言うかな? しかしそんなことを言う人は、私に言わせれば、心の「表層」で生きている人、「小理屈」の段階で生きている人である。そのようでは、ピエリーナ・ジリの物語(霊的深みを持った物語)に十全にアクセスできない。

はい、これでやめておこう。

「27. 諸教会に潜入し、啓示された宗教を『社会的』な宗教と入れ替えよ」 - 共産主義の目標

「罪の概念は中世の哲学が聖書の内容を悲観的に解釈したものである、という考えを徐々に刷り込むことによって」 - フリーメイソンの雑誌

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