2019.09.12

モンティキアーリとフォンタネッレ 11

読んだ人は気づいたと思うが、ワイグル神父様の本の日本語版(前々回参照)には、ピエリーナ・ジリは聖母の御出現に先立って地獄の光景を見せられていた、という話は載っていなかった。そして、その代わり(?)、この御出現に直接は関係のない、しかし著者がこの御出現から連想し展開した話がかなり多く含まれていた(内容は良いものだけれど)。

しかし私は、ワイグル神父様のこの本を、モンティキアーリとフォンタネッレに関する貴重な「基礎資料」として有り難く受け取る。御出現自体に関する詳細がやや少ないとしても、この御出現を通して聖母がおっしゃりたかったこと(痛切におっしゃりたかったこと)は十分に伝わって来る。

しかしそれでも、もし欠けている重要な詳細があるならば、やはり残念である。と云うのは、ワイグル神父様には何かお考えがあったのかも知れないが、ワイグル神父様の本には「おん恵みの時」に関する或る重要な事が書かれていないのである。このことがあって、私は今回この記事を書く気になった。なお、私がそのことを知ったのは、或る読者さんからのメールによってである。感謝したい。

1

「おん恵みの時」

伊 Ora di Grazia、英 Hour of Grace

「おん恵みの時」とは何か。

まず、ワイグル神父様の本の中に見てみよう。
文中、おん恵みの時という文字を、私の方で括弧でくくった。それは確かに括弧付けされるべきものである。
〔 〕は私による付加。

1.モンティキアリでの出現のはじまり

 五度目の出現(1947年11月22日)

(…)そして、聖母は、すべての威厳をもって、次のことを約束してくださいました、「12月8日〔無原罪の御孕りの祝日〕の正午に、わたしはこの教会に再び現われます。それは、『おん恵みの時』になります」と。ピエリナ・ジリは、「『おん恵みの時』とは、どういう意味ですか? どうぞ、わたしに説明してください」とお尋ねしました。聖母はお答えになりました、「『おん恵みの時』とは、偉大な刷新が数多く起こる時です」。

 ここで聖母は再び、しばらくの間沈黙され、それからお続けになりました、「すっかり頑なになり、大理石のように冷たくなった魂が、神のおん恵みに触れて、ふたたび信仰をとりもどし、神を愛するようになるのです」と。

ここだけ読むと、この「おん恵みの時」というのは1947年の12月8日に於けることだけかと思ってしまう。しかし、違う。

次の引用は、その1947年の12月8日のことである。この日は記憶されるべきと思う。この日、文字通り何千もの人々が押し寄せたモンティキアーリ大聖堂で、ピエリーナ・ジリの幻視の目に、聖母が荘厳に、大きな白い階段の上にお現われになった。

1.モンティキアリでの出現のはじまり

 七度目の出現(1947年12月8日)

(…)「わたしの願いは、わたしが “くすしきバラの聖母” として知られ、敬われることです。わたしは、そのためにここモンティキアリに来るのです。わたしは、人々が毎年12月8日の正午に、全世界のための『おん恵みの時』を祝うことを望みます。この運動によって、人々は数多くの精神的、または肉体的な恵みを受けるでしょう。わたしたちの主である、わたしのおん子イエズスは、善良な人々が兄弟たちのために祈り続けるかぎり、豊富なおんあわれみをお注ぎくださるでしょう。できるだけ早く、教会の最高の頭であるピオ12世に、次のことを知らせなさい。つまり、わたしの望みは、『おん恵みのとき』が全世界に公表され、広まることであるということを。この時に教会に行けない人は、正午に家で祈りなさい。そうすれば、その人は、わたしからの恵みを受けるでしょう。わたしが降りて来たこの場所で祈り、改心の涙を流す人は、天国への安全なはしごを見つけるでしょう。そしてわたしの母としての心に守られ、み恵みを受けるでしょう」と。これらの言葉をおおせられると、美しく光りかがやく聖母は、ピエリナにご自分のみ心をお見せになり、とつぜん、次のようにおおせられました、「人間を愛しているこの心を見なさい。わたしがこれほど人間を愛しているのにもかかわらず、ほとんどの人間は、裏切りによって、わたしの心を悲しませているのです」と。

 ここで聖母は、少しの間沈黙され、それからお続けになりました、「よい人とわるい人が、祈りのうちに一致するとき、かれらはこの、あわれみと平和を受けるでしょう。今、主は、わたしの仲介によって、あわれんでくださいます。これによって、神の大きな裁きが延ばされたのです」。

 聖母は、ほほえまれながら、お続けになりました、「間もなく、人間は、この『おん恵みの時』が、どれほど大切かということを知るでしょう」と。

これで、「おん恵みの時」は毎年の12月8日(無原罪の御孕りの祝日)に於けるものであるということが分かった。そして、その「正午」からのものであることも。

8.くすしきバラの聖母の出現の意味

 聖母の特別なご要求とは、どういうものでしょうか?

  1. 毎月13日を、聖マリアの特別な日とすること。それまでの12日間には、特別な祈りをとなえること。

  2. 7月13日を、聖母をたたえる日として祝うこと。

  3. 毎年12月8日の昼(正午から1時まで)を全世界のための許しの時間とすること。「教会に行けない人は、正午に家で祈らねばなりません。そうすれば、その人は聖母を通して、同じおん恵みを受けるでしょう」。

  4. 毎年10月13日を、世界のつぐないの聖体拝領の国際の日とすること。

  5. 泉への苦行の行列をすること。このとき、祈り、苦行、つぐないをしなければなりません。

これで、「おん恵みの時」は「正午から1時まで」の1時間のものであるということが分かった。

まとめると──

•「おん恵みの時」、イタリア語で「Ora di Grazia」、英語で「Hour of Grace」と呼ばれるそれは、丁度、イタリア語で「Ora Santa」、英語で「Holy Hour」と呼ばれる「聖時間」のように、或る一定の祈りから成るプログラムと云うか、祈りの行事である。

•「おん恵みの時」は、毎年12月8日(無原罪の御孕りの祝日)に行なうことを聖母がお望みになったものである。

2

聖母は「おん恵みの時」に「詩篇のミゼレーレ」を

祈ることを指示なさった

「おん恵みの時」に何を祈ればいいのか。
ロザリオはもちろんのこととして、ワイグル神父様の本は他の幾つかの祈りを紹介している(12.いくつかの有益で大切な祈り)。
しかし、それらの祈りは、特に「おん恵みの時のため」と限定されてはいないようだ。

ところで、(冒頭でも書いたことだが)私は少し前、或る読者さんからメールを頂いた。その人はその中で次のように書いていた。(正確な引用ではないが)

ワイグル神父様の本には書かれていませんが、聖母は「おん恵みの時は腕を広げて詩篇51を3回唱えることから始めて欲しい」とお求めになったようです。

「詩篇51」とは前回見たところのものである。伝統的な数え方では「詩篇50」。「ダビデの痛悔の歌」である。
「詩篇51」と章番号で言わなくても、「詩篇のミゼレーレ」と言えば、よく勉強している人にはすぐに分かるようである。

さて、聖母が本当にそのようなことをおっしゃったものかどうかを、私はネットの中に探ってみた。
すると、聖母の御指示を次のように箇条書きにした記事に複数出会った。

The Catholic Pilgrim

おん恵みの時
(聖母からの御要求)

Hour of Grace
(Requested by the Blessed Mother)

  1. 「おん恵みの時」の日時: 12月8日(無原罪の御孕りの祝日)の正午から午後1時まで(1時間の祈り)。

    Day and time of “Hour Of Grace”: December 8th Feast of the Immaculate Conception. . .to be 12 noon 1:00 p.m. (one full hour of prayer).

  2. この時間中、自宅または教会で「おん恵みの時」を実践する人は、すべての注意散漫を避けなければなりません。(この特別な恵みの時間中は、電話に出たり、ドアに出たりしないでください。神との一致に完全に集中すること以外、何もしないでください。)

    During this hour the person making the “Hour of Grace”, either at home or in Church, must put away all distractions. (Do not answer the telephone, or answer any doors, or do anything but totally concentrate on your union with God during this Special Hour of Grace.)

  3. 両腕を伸ばして詩篇51を3回祈ることにより、「おん恵みの時」を始めてください。

    Begin the “Hour of Grace” by praying the 51st Psalm three times with outstretched arms.

  4. 「おん恵みの時」の残りの時間は、沈黙のうちに神と語り合うこと、イエズスの御受難を黙想すること、聖なるロザリオを唱えること、あなた自身のやり方で、あるいは、あなたが好きな祈りを使って神を賛美すること、聖歌を歌うこと、詩篇の他の箇所を黙想することなどで過ごしてください。

    The rest of the “Hour of Grace” may be spent in silent communication with God, meditating upon the Passion of Jesus, saying the Holy Rosary, praising God in your own way or by using favorite prayers, singing hymns, meditating upon other Psalms, etc.

私は初め、これを読んだ時、「聖母が『電話にも出ないように』などと細かい事まで言うものだろうか?」と、ちょっと訝った。それに第一、その部分は丸括弧で囲まれている。もしそれが聖母の言葉そのままだったら、なぜ丸括弧で囲む必要があるのか。これは、「すべての注意散漫を避けなければなりません」という聖母の御指示を、誰かが(ピエリーナが?)人々に具体的に説明したものではないか。その言葉が悪いとは思わないけれども。

私は各国語でいろいろ調べた。英語とスペイン語では「ローザ・ミスティカ、おん恵みの時、詩篇51」という文字の組み合わせで多くヒットした。しかし、イタリア語とポルトガル語では「ローザ・ミスティカ、おん恵みの時、詩篇のミゼレーレ」という組み合わせの方が多くヒットした。
私の感覚としては、聖母の御口から出たのは「詩篇のミゼレーレ」という言い方の方だったような気がする。章番号で言う言い方は、これを伝えようとした人々が「その方が人々に分かり易いから」という理由でそうしたものであるような気がする。

ところで、私の見落としでなければ、これらの箇条書きを載せている記事たちは典拠を示していない。しかし私は、結局のところ、それらの内容は信頼していいように思う。信心家たちは、普通、当の信心を裏切るような嘘はつかないものである。

気づけば、例のチェコ語 PDF も次のように書いている。
ピエリーナの日記からである。

チェコ語 PDF / HTML

第六の啓示 – 1947年11月22日。

Šesté zjevení – 22.listopadu 1947.

(…)

それから、私は聖母にお尋ねしました:「どうか、それが何を意味するのか私に説明して下さい──『おん恵みの時』とは?」。聖母はお答えになりました:「『おん恵みの時』は、大きな改心が数多起こる素晴らしいイベントになるでしょう。この事をブレーシアの司教に個人的に伝えなさい」。

Pak jsem ji požádala : „Prosím, vysvětlete mi, co to znamená – HODINA MILOSTI?“ Svatá Panna odpověděla : „HODINA MILOSTI bude velkou událostí s velkými a četnými obráceními. Toto vyřiď osobně panu biskupovi z Brescie!“

[Machine Translation]  Then I asked her, “Please explain to me what it means - HOUR HAPPINESS?” The Holy Virgin replied, “HOUR OF GRACE will be a great event with great and numerous conversions. Tell this personally to the Bishop of Brescia!”

私はお尋ねしました:「私たちはそのイベントに備えて何をしなければならないでしょうか?」。聖母はお答えになりました:「祈りと悔い改めです。あなた方は日に3回、詩篇の『ミゼレーレ』を手を広げて祈らなければなりません」。

Otázala jsem se : „Co musíme činit jako přípravu k této události?“ Řekla : „Modlitbu a pokání! Je třeba se třikrát denně modlit žalm „Miserere“ s rozpřaženýma rukama.“

[Machine Translation]  I asked, “What do we have to do to prepare for this event?” She said, “Prayer and repentance! It is necessary to pray Psalm ‘Miserere’ three times a day with your arms outstretched.”

上に「日に3回」とあったのが気になる。これは、「毎月13日」の扱いと同様、その日が来るまでの日々(やはり12日間?)にも「ミゼレーレを日に3回」唱えなければならないということを意味するのではないだろうか。ピエリーナの問いの「私たちはそのイベントに備えて何を」という言い方にも、そのようなことが感ぜられる。つまり、12月8日当日に「ミゼレーレを3回」祈ることはもちろん、それに先立つ日々にも「日に3回」ミゼレーレを唱えなければならない、ということではないだろうか。

どうやら、そのようである。下は、この御出現について非常に詳しいポルトガル語の(ブラジルの)記事からである。この記事にも「Miserere」という言葉が出て来る。そして、「ピエリーナの日記」という言葉も。そして、「詩篇のミゼレーレを毎日3回、腕を広げて祈らなければならない」とある。(考えてみれば、それはそうだろう。それを「3回」祈るという。しかし「3回」祈るのが12月8日の「たった一日」では、いくら何でも少な過ぎるだろう)

MARIA ROSA MÍSTICA

6回目の御出現
1947年11月22日

SEXTA APARIÇÃO
22 DE NOVEMBRO DE 1947

(…)

それから聖母は、12月8日の正午に再び現われることを予告した。その時は「おん恵みの時」になるであろうと言い、また、12月8日に再び現われるというニュースを広めるように言い、そして、司教も注意喚起されねばならない、とも言った。

Em seguida, ela anuncia seu retorno para 08 de dezembro ao meio-dia: quando será a hora da Graça e pediu para ser difundida a notícia de sua vinda e também que o bispo deve ser avisado.

[Machine Translation]  Then she announced her return for December 8 at noon: when will be the Hour of Grace and asked to spread the news of her coming and also said that the bishop should be warned.

それから聖母は、「おん恵みの時」とは何を意味するのかを説明した。そこから大きな改心が数多起こるであろう、と。

Então explica o que significa "hora da graça": Advinda de numerosas e grandes conversões.

[Machine Translation]  Then She explained what “hour of grace” means: numerous and great conversions will come from it.

「聖母は私たちに、そのイベントに先立つ準備の日々に祈りと償いをするようお求めになりました。詩篇のミゼレーレを毎日3回、腕を広げて祈らなければならないと」

"Nestes dias, em preparação para este evento pediu oração e penitência: deve-se rezar todos os dias por três vezes o salmo Miserere de braços abertos".

[Machine Translation]  “In these days, in preparation for this event, she asked for prayer and penance: one should pray daily Psalm Miserere three times with open arms.”

「霊的恵みが与えられるでしょう。そして、この場所で悔い改めの涙を流す人は誰でも、天主、私の神なる御子イエズスから大いなる御憐れみを頂くでしょう」

"As graças espirituais serão concedidas.E mais, quem levar a este lugar lágrimas do arrependimento, conseguirá do Senhor, Meu Divino Filho Jesus, grande misericórdia".

[Machine Translation]  “Spiritual graces will be granted. And whoever brings tears of repentance to this place will obtain from the Lord, My Divine Son Jesus, great mercy.”

そして聖母は天を仰ぎ、祈りの声で、一つ一つの言葉を強調しながらこう言った:
「大理石のように冷たく硬化した霊魂も、神の恵みに感動し、天主の忠実な真の恋人になることでしょう」

Aqui, a Virgem olhando para o céu e com  uma voz de oração, enfatizando as palavras, disse:
  "Almas endurecidas, gélidas como o mármore, serão tocadas pela graça divina e se converterão em fiéis e verdadeiros amantes do Senhor"

[Machine Translation]  Here, the Virgin looking at the sky and with a prayer voice, emphasizing the words, said:
“Hardened souls, cold as marble, will be touched by divine grace and become faithful and true lovers of the Lord.”

(…)

8回目の御出現
1947年12月8日
モンティキアーリでの最後の御出現

OITAVA APARIÇÃO
8 DE DEZEMBRO de 1947
Última em Montichiari

(…)

ピエリーナの日記から: 私は、聖母が望まれた二、三メートル四方の場所(大聖堂の中央)に辿り着き、ロザリオの黙想を始めましたが、まだ第二連を祈っている時に内なる衝動に駆られて聖なるロザリオを中断し、詩篇の「ミゼレーレ」を唱え始めました。そこに居た人々もそれに唱和してくれました。詩篇50章を終え、私はロザリオを再開しました。天使祝詞を幾らも唱えないうち、私の眼前にまばゆい閃光が現われました。

Do diário de Pierina: - Chegando ao local desejado pela Virgem (no centro da catedral) tinha um espaço com poucos metros de largura, comecei a meditação do Rosário, mas apenas na segunda dezena foi movida por um impulso interior, interrompeu o Santo Rosário para recitar o salmo "Miserere", e os presentes acompanharam em voz alta. Terminado o salmo 50, eu retomei o rosário. Só tive tempo de dizer algumas Ave-Marias, quando um clarão vívido apareceu diante dos meus olhos.

[Machine Translation]  From Pierina's diary: - Arriving at the place desired by the Virgin (in the center of the cathedral) which had a space a few meters wide, I began the meditation of the Rosary, but only in the second decade I was moved by an inner impulse, interrupted the Holy Rosary to recite the psalm “Miserere”, and those present accompanied aloud. After Psalm 50, I resumed the rosary. I only had time to say a few Hail Marys when a vivid flash appeared before my eyes.

そしてこのあと、聖母が大きな白い階段の上にお現われになることになる。

結論

まだ調べることができる。しかし、もうこの辺でやめておこう。
当り前過ぎることだが、「信仰」は「調べる」ことではない。

しかし、ともかく、私としての今回の結論。
聖母が「詩篇のミゼレーレ」を祈ることをお求めになったことは「全く確か」と言っていいだろう。

そして、今回は不明な点があるのを感じた「12月8日」のことに集中したけれども、上で見たように、モンティキアーリの聖母がご要求になったのには「7月13日」のことも、「毎月13日と、それまでの12日間」のこともあるということである。(「10月13日」に関しては実現していないのだろう)

英語

イタリア語

ポルトガル語

スペイン語

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「27. 諸教会に潜入し、啓示された宗教を『社会的』な宗教と入れ替えよ」 - 共産主義の目標

「罪の概念は中世の哲学が聖書の内容を悲観的に解釈したものである、という考えを徐々に刷り込むことによって」 - フリーメイソンの雑誌

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