四王天延孝著『ユダヤ思想及運動』 抜粋2:国際連盟

四王天延孝著『ユダヤ思想及運動』(1941年)からの抜粋

第六篇 近代のユダヤ運動

第七章 国際連盟の創立

 前数章に於てしばしば述べたるヘルツル博士は有名なる「ユダヤ国[ユーデン・シタート]」に於て述べて曰く、

『予はユダヤ人問題が社会問題又は宗教問題の如き観を呈するに拘らず之を社会問題とも宗教問題とも認めない。ユダヤ人問題は民族問題である。之を解決せんが為には何は偖[さ]て措き之を世界的政治問題に変形しなければならぬ。そうして此の全世界的の政治問題は文明国民の会議で解決しなければならぬ』

 右の所謂文明国家間の会議に於て解決する事とは、ただ博士が奮起の原因をなしたドレフュス事件の如き消極的のユダヤ解放に止まるや、はたまた積極的に大ユダヤ国を建設して永劫かかる問題を根絶せしめんと企てたるやは、論議の余地ある問題と思う。しかしながら彼の死後十余年を経て成立した国際連盟の動向並びに之に尽力したユダヤ人の熱意等を考うるときは、軽々に之を消極的のものとし、国際連盟は大ユダヤ国を夢みざりしと断定することは出来ない。

 殊にその成立後に於てアルベール・コーヘンと云う有力なユダヤ人がパリでルヴュー・ジュイーブを西暦1926年に発行し、その創刊号に於て大胆にも左の如き言説を発表せるに於ておやである。即ち論説欄に於て、「国際連盟論」と題して

「国際連盟とは、吾々ユダヤ民族が1800年前に世界に離散せしめられて以来、民族生活の基礎根底を成して来た事柄を、之から政治的に解決する機関である云々。」

 民族生活の基礎根底を成して来た事柄とは何であるかと言えば、ヘルツル博士の所謂民族問題で、神選民族が神意のまにまに世界を統一すると云うのである。之が偽らざる告白である。で若し後述のフリーメーソンによる創立相談会に於ける草案が実現して、連盟が真に国家主権の上に立つ超国家機構として成立し、而して実際現われた通りのユダヤ人幹部を以て組織され、之が二十年そこそこの短期間に崩壊しないで一世紀、二世紀永続したと仮定すれば、必ずヘルツル博士の素描した大ユダヤ国の出現となったであろうと思われる。

 而して前の大戦後に現われた幾多のユダヤ文献を渉猟すると、大戦そのものを惹き起す際には既に戦争の終りに連盟を造って之を形付ける底意が決まって居た様に見られるものがある。第一世界大戦は『戦争に対する戦争なり』との文句はしばしば散見したが、1925年の連盟総会の席上フランス代表ポール・ボンクールは、

『過般の戦争に於て戦場の華と散った幾百万の勇士は、戦争を殺さんが為に己れを殺したではないか』

と熱弁を振い、数百の参列者(ユダヤ、フリーメーソン多数あり)から嵐の如き拍手を受けたのを目撃した。実際に於ては戦死者の多数は祖国の為と思うて死んだので、右の如き理想を以て斃[たお]れたものは少いであろう、しかし戦争の計画者は斯かる深慮を持して永久平和機構創立の為数千万の死傷者を作ったのであろう。いやしくも独立した主権と、歴史伝統と誇りを持つ国家は事なき日に一片の申合せを行って国際的の組合に頭をつき込み、各種の義務を負わされ、行動の自由を失う事を好んでやるものは無い。あれだけの長年月を戦争に苦しみ、人命と財宝を消滅させられ、世界の人々悉く戦争は懲りごりしたと云う機会に乗じて永久平和の店を開いた事は、商売上手のユダヤ人等の正に考えそうなことである。事なき日に禁酒を勧誘しても中々応じないが、飲み過ぎ、宿酔で苦悩したり、病臥の時に勧める時は案外容易に取敢えず禁酒を誓う場合と似通う点がある。

 されば講和条約が成立して各国が晴れやかな気分に立戻り、各国毎に戦後の復興などが着々進行し始めてから連盟の話を持ち出しても、各国は気乗り薄で成立の望みはないと見て、フリーメーソン結社員ウィルソン米国大統領は米国の不文律を破って任期中に米国を離れて自ら主席全権としてヴェルサイユ会議に臨んだ。そしてロイド・ジョージやクレマンソー等は、対独講和条約の無事成立すら利害錯綜する多数連合国の間に困難な事情があるのに、永久平和の機構の約定を挿入することは困る、一先ず対独条約だけ拵えて調印をし、第二段の仕事として永久平和機構の審議に入るを得策とする事を主張したがウィルソンは自己の出馬は之が眼目であるからと遮二無二同時審議を固執して兎も角粗製でも出来上った。

 されば最初の国際連盟の入口の傍の石垣には、『国際連盟の創立者、米国合衆国大統領ウードロス・ウィルソン君に敬意を表す』と彫り込んで日々花環を供えて居った。故に深く事情を知らない人々はウィルソンが最初からの提唱者と思うが、何んぞ知らん1917年6月28日にパリのカデー街16番地にある、大陸フリーメーソンの総本部大東社[グラントリアン]に世界の有数なフリーメーソンが参集して、第三十三階級に上りつめたアンドレ・ルベーと云うユダヤ人が議長席に着いて戦争終結に関する会議を開き、是非とも国際連盟[ソシエテ・デ・ナシオン](後日のと同じ文字)を創立することになり、その規約草案は十三ヶ条から成って現行の二十六ヶ条に比し半数ではあるが骨子は大体似通ったものである。ただ超国家が現在よりも露骨で加入国の国家主権が著しく侵害せられそうに読めた。

 之等の骨子が予め準備され平和会議の際ウィルソンによって無理押しに提唱され、成立させられたのである。草案を秘密結社から持ち出して来ては各国の加入に難色も起るから、表紙を取り換え、ウィルソン名義にしただけであると見られる。

 尚注意すべきは右フリーメーソン結社の会議の日時である。之は大戦の直接原因となったオーストリア皇太子暗殺の満三年の忌日に当る1917年6月28日である。犯人の大東社系フリーメーソン結社員プリンチップ凶行の跡に碑を立て『プリンチップ此の所に於て自由を宣す』と書いたことなどと照合すると、前述の大戦の目的既に国際連盟の創立を考えの中に持っていた様に見えるのである。

 成立後に於ける人事関係を見るに、最初の事務総長はサー・イリック・ドラモンドとすると名指しでユダヤ、メーソンと目されて居る英国人に持って行った。そして連盟華かなりし時代に於ける大幹部の中には左の如くユダヤ系の人々が顔を揃えた。

事務次長

アブノール(後に事務総長)

政治部長

マントウ

経済部長

ソルター(蒋介石政府顧問)

軍縮部長

マダリヤガ

情報部長

コメール

交通部長

ハース(蒋介石政府顧問)

衛生保険部長

ライヒマン(同 右)

労働事務局長

アルベール・トーマ

 国際連盟の事業は上述の如く永久平和の建設であるから、実質上の規定の最初の条項たる規約第八条に軍縮条項を挙げ、ユダヤ経典の所謂剣を打ちかえて鋤となし、槍を打ちかえて鎌となしを鼓吹し、しばしば軍縮に関する会議も開催したが、ヴェルサイユ条約を以てドイツ軍の軍備を徹底的に削減し、之を受諾せしめる時にはドイツのを標準として必ず切り下げると云うことを約したが、列国は一向縮減せず、その理由としては、ドイツその他の情勢が真に平和的空気になって居らぬことを以てした。連盟提案者の一人フリーメーソン結社員レオン・ブールジョアの如きすら軍縮を断行して平和の空気を造ると唱えるのは原因結果の顛倒である、平和の空気を造って而して後軍縮は行い得るを主張した。ドイツとしては列国はなぜ条約通り軍縮を履行せぬかと迫り、終には止むを得ずロカルノ条約、欧州七ヶ国間の不侵略条約などをにわか作りに拵えて、平和の空気を製造したことにして軍縮を実現しようとしたが中々実現困難であった。要するに国際間に互に誠意の認むべきなく、殊に連盟に対する信用も充分ならずして、ユダヤ経典トーラーのエレミヤ書第九章に

彼等の舌は毒矢の如し、口に平和を唱えつつ窃[ひそか]に陥穴を造る

と云う神のユダヤ民族に対する叱責の文句がまざまざ見られる様な感を与えた。かくして一大事業たる軍縮が実現し得られなかった事はその弱体化を来す大原因を為したと見られる。又米国はウィルソンが提唱したに拘らず連盟に加わらず、日本は満州事件の如き国際連盟の幹部が蒋介石政府を支援し『窃に陥穴を造り』つつ却って日本を侵略者、有罪者と判決するに及んで連盟を脱退し、その後独、伊もまた脱退するに至って全く弱体化を急テンポにし、1938年当然連盟の扱うべきチェッコ問題も如何ともし難く、ミュンヘン会議と称する連盟以外の機構で扱わなければならぬことになり、ここに存在の理由を失い、翌39年には欧州大戦勃発を見て終に崩壊の一途を辿ることになった。

 先に第一インターナショナルの歴史の部に於て述べたる通り崩壊の場面に立至ると体面上一時本部を米国に移すとの理由で消滅するのである。

 往年某歴史家は国際連盟事務次長であった新渡戸博士に向って、今の連盟は何年後に崩壊の見込みかと質問したので、博士は質問の理由を問い返えした処、歴史家は、ナポレオン戦争後の神聖同盟は一種の連盟であったが程なく潰れた、今度のも何れ長続きはすまいから、それを聞きたいと述べると、新渡戸博士は、兎角歴史家は眼を後ろ向きに付けて居る、宜しく前を見られよ、今度のは潰れない仕組になって居るから崩壊などの見込みはない、永久平和の機構であると答えた趣〔=趣旨?〕博士から聞いた(皇紀2588年)。僅かに十年余で歴史家の言が実現したのは奇しき事であるが、ユダヤの宗教の部に述べた如く、幹部たるユダヤ人連中が世界をユダヤのものと独占する如き偏見に捕われて居れば、崩壊は寧ろ当然と謂う可きであろう。

 但し今次大戦勃発前、既に連盟増強乃至改造の議があり、之が為には是非とも又一戦を必要とする議もあり、ルーズヴェルト大統領また更に強固なる永久平和機構再建の意志ありと伝えられるから、来る可き平和会議の際此の問題の再燃するや些かの疑なき所である。これ比較的長文を草して参考とした所以である。
(次篇第六章支那事変と欧州戦争の関連の部に於て、米国大統領ルーズヴェルトの来るべき平和会議に関する抱負に於て明らかに之を把握すべきである)

目 次

(文字にリンク有り)

序文 平沼騏一郎

緒 言/1

第一篇 総説/5

第二篇 猶太民族に関する予備知識/9

第一章 猶太民族の過去、現在/9

第二章 猶太民族の特異性/15

第三章 猶太民族の宗教/22

第三篇 猶太思想/41

第一章 通論/41

第二章 保守的にして進歩的/42

第三章 国際主義、萬国主義/45

第四章 自尊心と排他独占的/49

第五章 功利的思想/53

第六章 堅忍、勤勉の諸徳/61

第七章 陰性的、復讐的/66

第八章 ユダヤ運動の戦術に就て/71

第四篇 秘密結社フリーメーソンリー/73

第一章 総説/73

第五篇 猶太の運動(前記)/135

第一章 概説/135

第二章 フランス革命/137

第三章 米国独立革命に於けるユダヤ、フリーメーソンの努力/144

第四章 シオン運動/147

第五章 インターナシヨナル運動/153

第六章 猶太解放の三策(第一世界大戦の眞因との関係)/185

第七章 第一回シオン長老會議/194

第六篇 近代のユダヤ運動/211

第一章 概説/211

第二章 第一世界大戦/215

第三章 ロシア革命と猶太/232

第四章 墺匈国革命と猶太/262

第五章 独逸革命と猶太/266

第六章 パレスタインの復興/276

第七章 国際連盟の創立/283

第七篇 現代のユダヤ運動/291

第一章 序論/291

第二章 フリーメーソンの東洋政策/292

第三章 満州事変/296

第四章 第二世界大戦の序幕(其一)/302

第五章 第二世界大戦の序幕(其二)/310

第六章 支那事変と欧州戦争との関連/336

第八篇 日本の対猶太、対フリーメーソン策/343

第一章 概説/343

第二章 親猶主義/350

第三章 反猶太主義/358

第四章 まつろはしむ/363

結言/365

引用書目/367

附録 第一 支那猶太の悲劇/373

附録 第二 英猶帝国主義の秘密政治機関と見られるフリーメーソン/385

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