6. ユダヤ人と秘密結社
何の為にユダヤ人が斯かる機関を必要とするか、という問題について論ずる為に、ここに於いてユダヤ人の世界征服、世界統一の野望をお話する必要が起こったのであります。
彼等は元来自己民族をもって世界唯一の人類であるとなして居る。ババメチア〔Baba Mezia〕という経文の104章の第6節に「この世に人間と称すべきは唯ユダヤ民族だけである。その他の民族は人間に非ずして獣類也」と云う事が書いてあるのであります。これは随分思い切った言い方でありまするが、彼等は彼等の言葉で、獣類をゴイと呼ぶのであります。
また聖書に「神は諸民族の中より、我等を選びて彼等の上に置き給う」、こういう事が書いてあります。またさっきの古い経文の中にありますが、「他民族の所有する財産は、結局ユダヤ民族の所有に帰着すべきものである。それだから今のうちに、我等の手に回収する事は何ら差支えなし」という事が書いてあります。旧約聖書のイザヤ書第60章第15節にも「海の富汝につき、諸々の国の宝は汝に来たるべければなり」、こういう事が書いてあります。そこで、世の中にある財産という財産はほとんど全部ユダヤ人の所有に帰するものであると彼等は考えて居る。それだからインターナショナル・バンキングコーポレーション(銀行組合)は、色々なインターナショナル的の組織で国際銀行を拵え、彼等が牛耳を取って、どしどし彼等の手に金が収まって行くようになっております。詐欺破産であろうと、また如何に悪辣な手段であろうとも、そんな事には全然お構いなしに大投機を張って行くのはそれが為であります。
またアブダサラ〔Abda Zara〕という経文の中に「ゴイがゴイを殺し、或いはゴイがユダヤ人を殺害した場合は、その責任を取るべきものであるけれども、ユダヤ人がゴイを殺したる場合にあっては何の責任もない」と書いてある。
昔、封建時代に武士が百姓町人を傷つけ、殺してもお構いなし、謂ゆる切捨て御免と同じ事が書いてあるのであります。これ等は実にとんでもない事でありまして、あの民族の中からアインスタイン博士という碩学の士を出し、哲学方面に於いてはベルグソン博士というような世界的な大哲人を出して居る、ユダヤ民族が二十世紀の今日、斯かる愚劣な差別的言辞を弄して居るという事はあるまいと、私も見当をつけました。それで段々とさぐってみますと、今申し上げましたような酷い言葉をそのまま書物の中に残してあるのは、オランダのアムステルダムのユダヤ寺院と他に一ヶ所だけで、その他のお寺にあるのは、そんな激しい文句は皆消してしまって、書き替えられてあります。
大正14年にロンドンに於いて国際航空会議が開かれました時、私がそこに参りまして、会議の余暇一生懸命に、こうしたタルムード(ユダヤ聖書)を捜して歩きました。すると一人のユダヤの本屋が、私に見せに来てくれたのが、その当時出来たばかりの新しいもので、その中には今のような文字はなくなって居りました。大変喜んで、終りまで読んでゆこうとすると、まことに嫌な文句に出会いました。「ザ・ワールド・ウォズ・クリエーデッド・オンリー・フォア・イスラエル」、即ち「世界というものは、単にユダヤ民族の為にのみ、創造せられたものである。その他の民族は、大和民族であろうと、チウトン民族であろうと、スラブ民族であろうと、それ等が死のうと生きようと、そんな事はちっとも吾々には関係はない。兎に角世界の全部が、吾々ユダヤ民族の為にのみ造られた」という事で、こうした確信を持って居る。これは実に偏狭な事でありまして、左様な偏狭な、おかしな考えというものはない。これは実にとんでもない考えであります。それがどうです、八年前に英語でちゃんと印刷して、青年に読ますべく仕組んであったのです。
我が大和民族も、勿論民族的誇り、自信力を持って居る。確信を持って居る。がしかし、吾々のそれは、斯かる排他的な偏狭極まるものに非ずして、確固たる歴史的背景に基礎づけられた、正当なものであって、斯くも盲目的に「他民族はつまらん、吾々以下の動物である。世界は大和民族の為にのみ造られて居る」というような事はない。「世界は人類共通的のもの」であると思惟し、斯かる偏狭なる自負心──根拠のない自負心を持っていないのでありますが、彼等ユダヤ民族が左様な偏見、排他的考えを持って居る事は、実に世界平和の乱れる元であるという事を、はっきりと意識して頂きたいのであります。
而して、このユダヤ人が、自分等の野望、非望〔=分不相応の大きな望み〕を充たさんが為には、色々な方策を企ててやまないのであります。これ等は蓋し一々枚挙すべく暇がないのであります。彼等はその為には総てをやる。「ザ・エンド・ヂャスティファイス・ザ・ミーンズ」、即ち「目的の為には手段を選ばず」、つまり「目的さえ善であれば何をやってもいい」というのが、彼等のやり口でありますから、他の国々民族間に「流血の惨事」を惹起させようと、どうしようと平気の平左であります。自分等の世界統一さえ出来れば、何らの差支えなしというのです。
或いは一国の中に階級闘争を起こさして、助け合うべき愛し合うべき同胞を、階級闘争の渦中に投入して、血で血を洗う悲惨事をやらして、自分達は高見から見物して、彼等の目的が着々と、その実現へと進行して行く有り様に、微笑しているのであります。
斯く彼等は、目的さえ善(但し彼等にとってのみ)でありさえすれば、その手段は如何に非人道的であろうと差支えない、要はその当初の目的を貫徹するにありというのであります。
神武天皇は「六合を兼ねて都を闢き、八紘を掩うて宇となす、また可ならずや」〔八紘一宇〕と仰せられましたが、吾々は目的も善でなければならず、手段もまた善であらねばならぬというので、皇道は坦々としているのが我が国惟神の大道であります。けれども彼等は、何処を通ろうと構わない、というやり方でありますから、これは覇道であります。近年になりまして──彼等が自白した色々な文献を私は持っておりますが、その中にあるのですが──或る時は、1920年頃になって、ユダヤ民族が非常につけあがりまして、ジュネーヴで発行されたユダヤ人の本の中に、詩文でいろいろ書いてありましたが、余り自分等の思い通りに行く為に、すっかりつけ上がって、やたらに豪語したものでありました。ところがその頃から、全世界に亘ってユダヤ民族に対しての反感が起きたのであります。それは1920年の6月20日、ロンドン・タイムスに、この本の原書であるユダヤの著書を発表しました為に、世界的にユダヤ民族に対する反感が巻き起こりました。そこで彼等は鳴りを静めて、余り露骨に自分の方策を暴露し、他民族にぶっつかるような事をしちゃいかんというので、静かに沈黙を守る事にしました。
その頃、即ち大正11年の4月の某日、私は丁度ハルピンに居りまして、あの辺一帯にかけての、ユダヤ教の一番えらい、レービンという坊さんが、春の復活祭の晩に、演説をするのを聴きに参りました。なかなか普通には這入れないのでありますが、幸い或るユダヤ人に懇意な者が出来まして、それと一緒に這入って行きました。演説を聴いてみると驚きました。それはこういう事を言っているのです。「吾々ユダヤ教での復活祭とキリスト教での復活祭とは、暦日によれば一日の違いしかない、しかしながらその意義に於いては実に大なる相違がある。何故かならば、キリスト教の復活祭というのは、ナザレのイエスというたった一人の人間が十字架に磔りつけられて三日後に甦ったという話なんだが、吾々ユダヤ民族の復活祭は、民族全体が亡び、国を亡くしてしまって、それがまた二千年の後に復活して、立派な民族として浮かび上がって、民族の使命を達成するという実に大なる復活であるんだ。ところが吾々民族の中には、実に聖書に対する信仰が薄くって、これを本当に信頼出来ないで、気の弱い事を言って居るものがあるようだ。吾々が今日、国をずたずたに切られて、世界各国民の中に──世界大国の間に介在して居って、如何にしてこの復活が出来るか、これは聖書の、文学的の観察に過ぎないという弱音を吐く者もあるが、これは蓋し思わざるも甚だしいものである。これ等薄信の教徒は須く、欧州大戦に於いて彼の山のような戦闘艦を何人[なんぴと]が打ち沈めたかを静かに考えて御覧なさい。彼の大軍艦を沈めたのは、これは潜水艦というのが行って、海水を潜って戦闘艦に接近して、命中確実というところまで行って、水雷を仕掛けて爆沈せしめたではないか。即ち吾々民族は極めて少数であるが故に、あからさまに暴露して邁進すれば、直ちにやられてしまうが、そこを即ち潜水式の努力をする事によって、正に吾々の目的を達成する事が出来得るのである、という事を同民族に話して居たのであります。
その話のあったと前後して、クリオリンと云うユダヤ人で社会主義新聞を出しております私の知人が、日本海海戦の事を短篇的に書き、中心人物としてはヨリサキ公爵と云う海軍士官を持ち出しまして、その公爵が一生懸命に敵の方を向いて命令して居るが、その舟の龍骨の下には敵の水雷が近づいて居るのを知らずに、敵の方ばかり見て指揮をして居ると云う、嘲笑的の言葉をもって面白く書いてある。その短篇物を載せた新聞を若い記者に持たして、私の所へ寄越して、どうぞこの記事だけは見逃さないで下さい、お読みになったら御感想を承りたいと、言い置いて帰って行ったのであります。見るとそこには御丁寧に朱線が引いてある。私はその前に、レービンと云う坊さんのお説教も聴いておりますし、愈々この手で来るんだなと考えました。
彼等の宣伝団は「もうお前さん達が、一生懸命でシベリア出兵とか、或いは対外関係などもやっているけれども、お前さん達の本拠の日本には、ずんずん社会主義、共産主義を持ち込んで、床の下は猛火になっているんだぞ」と云う風刺的なものを、私に突きつけた訳でありましょうが、その後会った時に、手ひどく反駁しておいてやりました。「君達の所に情報なんか持ち込む奴は、金でも貰らおうとか云うような、色々なインチキ先生達で、今にも日本が潰れそうな話をするけれども、日本には実に何とも云えないところの一ツの力があるんだ。舟でいうならば復原力というのであって、左に傾いたと思えば、その反動でまた右に傾いて正位に復し、いくら動揺しても沈没しないのと同じように、我が大日本帝国は出来ているんだ。また国家主義者なんか極く少数であると思うているが、一見社会主義者、或いは共産主義者らしく、ただ表面だけのみで講演するとか、文章に訴えるとかしているにすぎない。ヒョロヒョロの主義者であって、内地に行ってみろ、隠れたる無数の国家に忠実なる人間が雲の如くに居るんだ。君等から報酬をもらう事を当てにして、虚報を平気で売る奴の言を信じているなんて、随分お目出度すぎるぞ」と話した事がありましたが、要するに彼等は、如何にしても少数民族であります。地球上に1545万人しか生存していない。全人類の120分の1にも当らないのでありますから、表面から彼等がやって来たのでは敵わないから、どうしても浮きつ沈みつ潜行的な色々な方策をもって、彼等は手を変え品を変えて来る事は、ほとんど潜水艦式努力の如きものでありますが、彼等自らが手を下して、その国の人をしてやらしめようとするには、どうしても秘密結社というものを拵えなければ出来ないのであります。彼等の言葉に「ゼンタイル・フロント」というのは、ユダヤ人に非らざる者を「フロント」即ち第一線に起たしめて、彼等は蔭からそれを統御しつつ、自分達の計画の完成へと志すのであります。その統御は何によってやるか、即ちそれをフリーメーソン秘密結社によってやるのであります。しかして正義、人道、自由、平等などと金看板をかかげて、それについて来る人間を色々に教育しまして、彼等と同様の腸[はら]までユダヤ精神になるようにしております。先刻申しました、十五階級にまで進んで居りましたフランスのアルバン・セリーと云う教育家の如き、よほど国民教育が出来て居りましたと見えて、結社に入って色々な形式によって色々な教育をやられるうちに、腸[はら]までユダヤ人になってしまうようであります。
甚だ遺憾に堪えない事には、日本にもそう云う手合がいるのであります。ユダヤ人の指図したる極端なる自由主義を強調し、そして共産主義や社会主義の旗幟をおし立てていい気になって、その魔手に翻弄されて居る。斯かる種類の人達は、多くはこのフリーメーソン秘密結社に加入している人々であります。それらの人々は、腸[はら]がユダヤ人になりきっている。そういう関係で彼等ユダヤ人等はどうしても、ユダヤの最終的大目的である世界統一を達成する為に、フリーメーソン秘密結社と云うものを拵えたのであります。その中心人物にはユダヤの百科全書にある如く、最高幹部にはユダヤ人が居るのでありますから、フリーメーソン秘密結社の最後の目的は何であるかと申しますと、無神論的の、或いは無宗教的の、共和国の建設と云う事であります。それに加盟している他民族どもは、一生懸命に世界共和国の成立の手伝いをなし、そして出来上った暁には、これをユダヤ人に差上げせしめられるのであります(笑)。
でありますから、これはユダヤ民族の理想にピッタリとくっついているわけであります。この秘密結社に加入するには一体どう云う事が必要であろうか、どう云う試験をされるかと申しますと、これには色々な猟奇的な事がありますが、何しろ私どもは彼等の内に一歩も入る事が出来ないのでありますから、自分では実見した事はありませんが、これは明瞭に彼等の教科書に書いてあるのでありまして、非常に面倒な手続きを必要とするのであります。人間は厳選主義をもってやりまして、そして度胸だめしをやり、真暗闇の所で目隠しをして、井戸の中に吊り下げてみたり、色々の所を歩かしておいて、それから耳の所でピストルを打ってみて、震いあがるような奴は落第(笑)、と云う風にしまして、或いは目隠しを取る時に、刀と槍とを八方から目の前に突きつけて、吃驚する姿を見てやろうとか(笑)、色々な度胸だめしの方法があるようであります。また固い誓いを立てるのでありまして、如何なる事があっても自分の口から「われはフリーメーソン秘密結社員なり」と云う事を公開しないような組織になっているのです。首を刎ねられても自分の口からは言わない事になっております。外国から日本に来ましても、日本の結社の代表者が「お前はフリーメーソン秘密結社員であるか」と尋ねても、決して「イエース」とは答えない。然らば如何なる返答をなすかと申しますと「人は自分をフリーメーソン秘密結社員であると呼んでいます」と答えます(笑)。
決して「そうだ」とは申しません。それは只今申しましたように、絶対に自分の口から言ってはいけない事になっているからであります。
先程申しましたプリンチップと云う青年が、世界大戦の火付け人足の役をやりました結果、セルビヤの裁判所に立つ日が来ました。そこで彼は厳重なる調べを受けました。その時に司法官から「お前はフリーメーソン秘密結社員か」と訊かれた時に、ウンともスンとも言わない。そして「何故そう云う質問をなさるのか、何の必要があってそう云う事を訊くのか」と言うにとどまって、更に進展しない。そこで司法官は──司法官も日本の司法官と違って、なかなかよく調べている──「お前達は結社では、自分の口から秘密結社員であると云う事を言わない規定になっている事を知って居るから、改めて訊くが、若しお前がわしの問いに対して何も返答しなかった場合には、肯定の答であると認めるぞ。──それで訊くが、お前はフリーメーソン秘密結社員であるか」。被告は黙して答えない。「よしそれならお前はフリーメーソン秘密結社員であると認める」(笑)と云うので、ずんずん裁判を進めて行きました。「自分がそうだ」と言ったら、自分らの誓いにもとるが、黙っている分には差支えないと云うのです(笑)。
そう云うような調子で、彼等は決して自分からは言わない事になっております。
吉野博士の如きも、こういう伏線を張っております。「これは実にいい機関であるが、私はまだ機会がないので、これには加盟していないが、或いは他日加入する事があるかも知れない」と、うまい事を言うておられる。
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