25. 偶感と国際連盟
その折、車中で私は考えたのですが、「三つの白い箱と民衆の間は何の関係があるか。さっきから何万の人が敬礼するが、送る人と送られる戦死者との間にどう云う関係があるか。親戚か、故旧か、恐らくそう云う事はあるまい。では同郷人であるか、否、埼玉県、群馬県、長野県を通過して、夕方新潟県に入って初めて同郷者と云える。それまでの間は謂わば無縁の人である。その人々がこうしてまで、まだ寒い三月の朝早く、迎えに出て来る。そこに何か仔細がなければならない。この三人の戦死者は、天皇陛下の万歳を叫んで倒れたかも知れませぬ。或いはその暇もなく倒れたかも知れぬ。しかし想いは君国の為にあった。大日本帝国のために、弾丸雨の中で倒れたのである。又、それ故にこそ、これだけの人が出て来たのであって、他の原因で死んだのならば、勿論幾多の人が出て来る訳がない。即ち天皇陛下、大日本帝国──この一点に於いて、そこに無言の凱旋をしている人と、民衆と一致するのだ。吾々にはそう云う一致点があると云う事が有難い事である。今日まで金甌無欠の国体を維持して、絶海の孤島だった日本が、今や五大強国の一つになり、海軍に於いては、三大強国の一つとして、大なる発展をして来たのは、一[いつ]にこの君国と云う中心があったからである。今後も天壌無窮に発展し、五年十年後には、日本が断然、世界の指導者の位置に立つと確信を致しますが、そう云う盛運に達するのも、その中心を持つからである。実に吾々は有難い国に生まれ合わせたものだ」と、こう考えさせられたのであります。
又、先にリットン卿の一団が東京に乗り込んだ折、毎日毎夜彼らは大官から招待されて御馳走になっていたが、あの一行は海千山千の連中で(一行の事務総長ハースはユダヤ人である)そんな連中に少々御馳走したって、そんな事で御機嫌を取り結ぶ事は出来はしない。そんな事にかけたら支那の方が一枚役者が上手[うわて]なのであります。そこで考えました事は、それよりもむしろあの一行をこの汽車に乗せたかった。一行中の一人でもよい、この車で一緒に新潟県まで旅行させて、民衆が斯くの如く誠心誠意をもってこの名前も知らない三つの箱のために出て来る有り様を見せたかった。そうして彼らが、実に満州問題解決のために倒れた、この無名の戦死者のために、斯くの如く出迎えていると云う事は、即ち「日本は満州問題解決のためには挙国一致しているんだな。これに対して下手な報告を書いても駄目だ。それこそ正面衝突になるばかりだ」と云う事を認識して行ってくれたならば、報告の筆を下すにも、確かに日本のためになったろうと思ったのです。
もう一つ考えさせられました事は、この有り様を見たら彼は何と感ずるか。あの欧州大戦の時に、私は向うに行って居りましたが、国家のために倒れた勇士に対して斯くの如き盛大なる儀礼をもって送迎したのは、唯の一度も見た事はないのでありますから、恐らくリットン卿の一行も驚くだろう。「実にこれは不思議だ。何でこう云う具合に、犠牲になった人のために民衆が送迎するのだろう」と云う質問が出たに違いない。そこで私は「貴公らの国と我が国とは国体が違うのだ。即ち、利害関係によって、また営利会社を組織するような事で出来たのではない。我等は、我が国は、君臣の分がちゃんと定まっている。君を中心にして行くのだ、と云う事が、吾々の根本信念になっている。あたかも太陽を中心にして群星が回るように、天体の運行が変わらないと同じように、こう云う信念を吾々日本国民は持っているのだ。求心力によって強く中心に集まっているのだ。これが吾々の誇りなんだ」と言ってやる。……こう云う事を頭の中に描いてみた。しかし一歩退いて見れば、このリットン卿にそんな事を言うのじゃない、今や我が国民は愛国熱が非常に盛んになって来ているけれども、求心力が強いのだ、遠心力は離散してしまうのだと云う事を理解してもらって、国体を本当に擁護しなければいかぬのだ──と云う事を考えました。
もしリットン卿が居ったならば、私は特に一言云わねばならぬ事がある。それは「お前さん所の総理大臣マクドナルドと云う社会主義者は、数年前ソシャリスト・ムーヴメントと云う本を書いた中に『およそ人間は、人間そのものが最高の存在であり、目的物であって、他の如何なる人のための存在でもない』と云うカントの言葉が、即ち社会主義の真髄である」と言っているが、私は絶対反対である。如何なる一木一草と雖も、或いは一つかみの土石と雖も、そのものの為の存在と云う事は断じてない筈だ。凡てのものは、各々世のために役に立つものであって、そのものの存在の為のものではないのだ。木火土金水の各種の要素が久遠の昔から、永劫の未来に亘り、無窮のタイムの間に因と縁とによって、色々の形を取るだろうけれども、それは世の為に役に立つ為である。個々は全体の為である。
況んや万物の霊長たる人間が、永い浮世に短い命を持って生れて来て、自己の為のみの存在などと云う事は決してない。日本人は全部から云う個人主義には反対だ。西洋人は個人主義、利己主義と云う事のみを知ってる。
尤もその反対に、利他主義と云う字が君の国にもある事も知っている。しかし利他主義はあまり行なわれない。然るに吾国は利他主義の国である。
明治天皇は
おのが身はかえりみずして人のため
盡すぞ人の務めなるべき
と仰せられて、利他主義をお教えになった。我が国に於いては天皇を中心にして、皆力を合わせている。これが即ち我が国の誇りである。自分の利益を或る程度まで犠牲にすると云う利他主義で我が国は出来ているのだぞと云う事を、よく彼らに説いてやったならば、必ず面白い会話が行なわれるだろうと、こんな事を色々考えてみました。
今述べたように、あの多くの人が、戦死者に対する態度をもって平常時の心としてやりましたならば、如何なる事柄も為し得ると存じますが、この間なども非常な非難の的になった島徳蔵氏などと云う先生を、昭和の上杉謙信と云って、新聞などで冷やかしていますが、上杉謙信は塩を義侠的に送ったので、金を取らなかったが、金を取って塩を送ったのでは、義侠でも何でもない(笑)
そう云う個人主義になりますと、別の個人主義に立脚する所の社会主義と何ら選ぶ所がないのであります。島先生の如きは成功した個人主義者で、社会主義者は不成功の個人主義者と云う差だけであります。これはいずれも国家を危険に陥れるものであると私は思考する。
明治天皇陛下も
千万の民の力を集めなば
如何なる業も成らんとぞ思う
と仰せられました。世間では資本家と謂ゆる労働者と、色々な対立を考えておりますけれども、私共は「億兆心を一[いつ]にして」と、明治大帝が仰せられた事を、心としたいのであります。今我が国は政党が二つに分かれている。億兆心を二つにして、互いに敵視し、対立している。又この他に、いい加減な所に想像線を水平に引いて、これから下はプロレタリア、これから上はブルジョアジーであるとし、経済闘争から階級闘争にまで進めようと怒鳴っておりますが、これは天地の大道に反し、国体に反するものであります。どうしても対立状態ではなくして、中心を求めて結合して行かねばならぬ。軍閥と資本家と、この頃そりが合わなくなったと云う事を聞くが、そんな事はあるべき事ではない。何処までもその本務に最善を尽す事によって、全体がよくなって行く。内外多事多難の時局の善処すべく、吾々は挙国一致の精神を、しっかりと把握せねばならぬ。さすれば、フリーメーソン秘密結社の策謀、何のそのである。完全にノックアウトが出来ると思います。
どうも話が前後して甚だ恐縮でした。フリーメーソン秘密結社について大体あらましをお話したと存じます。
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