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5.亡びの道

第44章

悪魔は見せかけの善によって霊魂を引きつけることについて。──橋を通らないで河を通る霊魂は、だまされ、苦しみを逃げようとして、これにおちいることについて。──木の示現について。

 いとしいむすめよ、すでに話したように、悪魔は人間をさそって、自分がもっている唯一のものである死の水を飲ませようとしている。悪魔は、世の快楽と名誉とをもって人間の目をくらまし、見せかけの善である快楽のえさによって、釣ろうとしている。ほかの方法では釣ることができないにちがいない。なぜなら、人間はなにかの個人的な善、あるいは、なにかの快楽がなければ、さそいに応じないからである。霊魂は、その本性からして、いつも善を欲しがるのである。
 事実、人間は自愛心によって盲目になり、なにがまことの善であるか、なにが霊魂と肉体とに有益であるかを知ること、識別することができない。それで、奸悪な悪魔は、人間が利己的で官能的な愛によって盲目になっているのを見て、なんらかの利得や善の彩色をほどこしたさまざまの過失を、提示する。各人の状態に応じ、どんな主要悪徳にもっとも強い傾きをもっているかを見定めた上で、これを提示する。俗人に提示する過失と修道者に提示する過失はちがっているし、高位聖職者に提示する過失と権力者に提示する過失はちがっている。それぞれの状態に順応するのである。
 このような話をしたのは、現在、河を通って溺れる人々について話しているからである。この人々は自分のことしか考えないし、自分しか愛さない。そうすることによって、わたしを侮辱する。かれらの最後については、のちに話したい。ただいまは、かれらが、どのようにだまされたか、どのように、苦しみを逃げようとして、かえって苦しみにおちいるかを、示したい。かれらは、わたしのあとに従うこと、すなわち、わたしの「子」である「言葉」の橋の道を通ることは、大きな苦労であると考えた。そして、とげを恐れて、うしろに引き返す。盲目だからである。かれらは、あなたの生涯のはじめに、あなたがわたしに、世をあわれみ、これを大罪の暗黒から救い出すように祈ったとき、わたしが示した真理を見ないし、知らないのである。
 あなたも知っているように、そのとき、「わたし」は、あなたに、その根もいただきも見ることのできない一本の本にたとえて、「わたし」を示した。あなたは、ただ、その木の根が地と一つになっているのを見ただけである。それは、あなたがたの人性の地と一致した神性を示していた。あなたもおぼえていると思うが、木の根元はいばらの垣根にかこまれているために、自分の官能を愛する人々はみな、これを避けて、世のすべての快楽のかたどりであるもみがらの山に走った。このもみがらは、麦粒に見えた。しかし、からであった。そのため、あなたも見たように、多くの霊魂は餓死した。多くの人は、これを見て、世の欺瞞に気付き、木に戻り、いばらの垣根すなわち意志の熟慮を通り抜けた。この熟慮は、終わるまえは、真理の道をふさぐいばらのしげみに見えた。それは、一方の良心と他方の官能とのあいだの絶えまない戦いである。しかし、自分自身に対する憎しみと軽蔑とによって、勇敢に決意し、「十字架につけられたキリストに従いたい」と言い切るやいなや、測りしれないたのしみを感じる。このたのしみは、あのとき示したように、各人の心構えと惜しみなき心とに応じて、あるいは多く、あるいは少ない。
 あなたも知る通り、あのときわたしは言った。「わたしはあなたがたの不動不変の神である。わたしは、わたしのもとに来たいと望むいかなる被造物からも、逃げかくれることはない。目に見えないわたしは、自分を見えるようにして、真理をかれらに示した。わたしはかれらに、わたしを除外して愛するとはどういうことであるかを示した。しかし、みだらな愛の雲のために盲目になっているかれらは、わたしを認識しないし、自分自身も認識しない。かれらの迷いを見るがよい。かれらは、少しばかりのいばらを通るよりは、餓死することを選ぶのである。
 しかしながら、あらゆる苦しみを避けることはできない。現在においては、十字架を負っていない者はない。いるとすれば、上の道を通る者だけである。かれらも苦しみに出合わないわけではない。しかし、かれらにとって、苦しみはなぐさめである。前に話したように、罪のゆえに、世にいばらと艱難とが生まれるのである。罪こそ、この激流、この荒海のみなもとである。わたしが「橋」をあなたがたに与えたのは、あなたがたが河に溺れないようにするためである。
 「わたし」は、みだりな恐れに捕われる人々がどんなに間違っているかを示した。「わたし」は、自分が不変なあなたがたの神であって、あなたがたの聖い望みを見て、被造物性を見ないことを説明した。そして、これを木のかたどりによって理解させたのである (13)

This is because they are blinded and do not know or see the Truth, as, youknow, I showed you in the beginning of your life, when you prayed Me tohave mercy on the world, and draw it out of the darkness of mortal sin.

And they cannot escape enduring pain, for no one can pass through thislife without a cross, far less those who travel by the lower way. Not thatMy servants pass without pain, but their pain is alleviated.

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