6.生命の道
第50章
この霊魂は、河に溺れる人々の盲目を前にして、大きな苦痛を感じることについて。
そこで、この霊魂は、その望みに悩まされて、自分の不完全と他の人々の不完全とについて考えた。そして、被造物のなかにこれほどの盲目があるのを聞いたり、見たりして、大きな悲しみを覚えた。神の「いつくしみ」がきわめて大きく、この世に、どんな身分におかれている者に対しても、救いの妨げになるものはなにも置いていないことを、知っていたからである。それどころか、すべては善徳の実行のためであり、勧誘のためである。それにもかかわらず、どれほど多くの人が、自愛心とみだらな執着とによって、河を通り、下を歩いていることであろうか。この人々が、改心しないならば、永遠の亡びにおちいるのはあきらかである。
そのうえ、河から這いあがり、立派に歩きはじめた人々のうち、多くの者は逆戻りして行った。それは、この霊魂にご自分を示された神の「いつくしみ」が教えて下さった理由によるのである。これを見て、この霊魂は、悲しみに沈んだ。そこで、その知性の目を永遠の「父」に注ぎ、つぎのように申し上げた。
──ああ、はかりがたき愛よ、おんみの被造物の迷いはどんなに大きいことでしょう。おんみの「いつくしみ」に、──おんみの「ひとり子」のおん体によって象徴される三つの階段について、──荒波を完全に脱出しておんみの真理の道を歩くにはどうしたらよいかについて、──階段を昇る人々について、──もっとはっきりご教示下さいますようお願い申し上げます。