賢慮があった古屋司教様時代の京都司教区
賢慮とは、天主の御栄と自分の救霊とのためになる ことを選ばせる御恵であります。(公教要理)
ポーロ古屋義之司教様 Bishop Paul Yoshiyuki Furuya
[Catholic-Hierarchy]
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1963年
司教教書 四旬節の心得 「神様との固い一致」 「神様との一致」
1972年
司教さまのことば 「告解の回数が非常に減ってきた」 「告解についての正しくない噂が広まった」 「共同告解について、勝手な実験が行なわれた」
教会の掟の遵守 「教会の掟が廃止されたかのように吹聴するものがいる」
ご聖体とクリスマス 「典礼刷新を旗印とし、巧妙に反対する偽神学者が少数ではありますが存在し、神の民を混乱させ、さらに勝手に典礼的実験を試みるなどしています」
おそるべき対話崇拝 ヒーナン枢機卿語る
1973年
犠牲は愛のしるし 幸福の秘訣
口で? 手で? =聖体拝領の形態について= 「日本司教団は、司祭や信徒の意見を求めずに、『聖体を手に授ける』許可を申請した」
1974年
友達にキリストを紹介しよう 布教のよろこび